⑨工房と仲間
工房での制作活動が始まって、あっという間に一ヶ月が経った。
夜の工房で作業をしていたアルが大きく伸びをした。
「お腹が減ったな……。今日の食事当番、誰だっけ?」
「咲良よ」
照明の材料が入った大きな箱を軽々と運びながらリズが答える。
工房での活動は、授業が終わってから寮の消灯時間までの限られた時間だ。でも、照明の制作はとても時間のかかる仕事だった。だから一ヶ月も経つ頃には、広い学園を移動する時間が惜しくて工房で宿題をしたり、食事をするようになっていた。
食事の準備は当番制になっていて、今日はわたしだった。工房の奥に簡単なキッチンがあって、今はアルとリズの様子を見ながら調理中!
「咲良か、それならよかった」
「どういう意味よ」
「いや、だってリズは肉の塊を焼くだけだから」
「肉を焼くのだって立派な料理でしょ」
うっかり口を滑らせたアルがリズに怒られているけど、これは日常風景だ。最初の頃は止めようとしたけど、別に険悪な雰囲気になったりはしないので今では放置している。
「できたよ~」
わたしが声をかけるとリズとアルはぴたりと言い合うのを止めて、キッチンの傍にある小さなダイニングテーブルにやってくる。
「えっと、これは……?」
アルが椅子に座って、テーブルの上の皿をじっと観察する。
今日の夕食はレタス、トマト、ベーコン、卵焼き――色々な具材をパンで挟んだ物。
「サンドイッチだけど……?」
アルが「サンドイッチ?」と首を傾げる。わたしの隣に座ったリズも不思議そうにサンドイッチを見ている。
「……ひょっとして、これもこの辺りにはないの?」
「そうね初めて見たかも。咲良の故郷では有名な料理なの?」
「あ~、うん、まあ、そうだね」
こうしてリズとアルに料理を作るようになって分かったのは、わたしが前の世界で食べていたような料理はこちらの世界では珍しいものが多いということだ。そのうち怪しまれるかもしれない。ずっとごまかし続けていることに罪悪感もあるんだけど、ララ校長には言いふらさないように釘を刺されてるしなあ……。
「これは……」
サンドイッチを一口食べたアルが、驚いたような表情を浮かべた。
「手は汚れない。栄養もバランスよくとれる。なんて合理的な料理なんだ。すごい……」
「何なのその感想? おいしいとかでしょ、ふつう」
アルの独特な感想にリズがツッコミを入れる。そんな二人の様子に、わたしはぷっと噴き出してしまう。
それからわたしたちはテーブルを囲んで、食事を始める。サンドイッチに加えてコーンスープもある。
「あ~、おいしい。これの最初の感想が『合理的』とか、ある意味すごいわね」
「僕もおいしいとは思った。というか咲良の料理はいつもおいしい」
「そ、そうかな~、えへへ」
「ほんと、おいしいわ。パンに野菜や肉を挟んだだけよね……? あ、何このソース」
「マヨネーズだよ!」
「マヨネーズ……咲良がこの前作ってたソースね。こんなふうにも使えるの……」
そんなふうに色々な雑談をしながら食事は進んでいく。
不意に、じわりと胸の奥が温かくなる。
あのとき、この世界に来る決断をしなかったらなかったはずの光景だ。
この世界に来てすぐは不安もあったけど、こんなふうに仲良く一緒に過ごせる仲間ができるなんて、奇跡だと思う。
食事の後はいつも照明プロジェクトの会議だ。
それぞれの担当の状況を簡単に説明して、困っていることを相談する。
リズは材料の調達や予算の交渉を、わたしとアルは設計と試作を主に担当している。それぞれが得意なことをしているという感じだ。状況次第でお互いに手伝ったりもする。
リズは今のところ特に問題はなさそうだった。
アルがわたしを見てから小さく頷いた。二人で設計と試作をしていることもあって、アルとわたしはお互いの状況を把握していたし、大きな問題があるときは一緒に取り組むこともある。そして今まさにわたしたちは大きな問題に当たっているところだった。
「人感センサーの部分に問題がある」
「それってつまり、ホルホルの蔦のところ?」リズが首を傾げる。「この前はうまくいきそうに見えたけど」
「わたしたちもそう思ってたんだけど……」
レベッカ先生からもらったホルホルの蔦は、特殊な性質を持った蔦だ。
ホルホルの蔦は、暗い場所で動物の体温に反応して捕食する植物らしい。しかもリズによると大きなホルホルの蔦は人間くらい大きな動物も捕まえてしまうとか。ちょっと怖いよね……。でも、それは照明用の人感センサーに必要な『暗いところでだけ人の体温に反応する』って機能があるってことなんだ。
だからそれをうまく使えば人感センサー付き照明が作れるんじゃないかって言うのが元々のアイデアだ。
でも、一筋縄には行かなかった。
最初、設計担当のわたしとアルは、ホルホルの蔦を照明のスイッチを押すのに使おうと考えた。夜に人が通ると蔦が動く――その動きでスイッチを押す仕組みだ。でも……
「問題は二つある」とアル。
「照明が点灯すると、その灯りを検知してオフになっちゃうってやつ?」
リズが首を傾げる。それは初期の問題だった。ホルホルの蔦が人の体温に反応して照明をオンにしても、オンになった照明の明るさせいですぐにオフになって――ってオンとオフを繰り返す問題があったんだ。でも、
「いや、それはもう解決済みで、光をオレンジに変えたら大丈夫だった」
「そうだったの。じゃあ、二つの問題って言うのは?」
アルは小さく頷いて説明を始める。
「一つはスイッチを押すためにはそれなりの力が必要で、そのためには貴重なホルホルの蔦をたくさん使わなくちゃいけないってことだ」
その言葉に「えっ」とリズが悲鳴にも似た声を上げる。
「それは予算的に厳しいわね……。もし売るとなったら価格にも影響してくるし。それにホルホルの蔦は希少だから、確保するのが難しいかも」
アルが頷いて「二つ目だけど」と説明を続ける。
「ホルホルの蔦を数日間使っていると乾燥して動かなくなるんだ」
言いながらアルはすっかり干からびてしまったホルホルの蔦をテーブルに置いた。
リズはしばらく黙ったまま、その干からびた蔦を見てから口を開く。
「……乾燥して動かなくなったら、どうすればいいの?」
「新しい蔦と交換するしかないんだよね……」とわたしは答えた。「水をやったりしてみたけど、元には戻らなかったから」
「じゃあ、蔦をたくさん使わなくちゃいけない問題と合わせて、さらにコストが増えるのね……。しかも、数日ごとに交換となるととかなり手間ね」
そうなんだよね。もともと魔石の交換頻度を減らすための人感センサーのアイデアだったのに、これじゃ本末転倒だよ。
雰囲気が暗くなってしまって、わたしは慌てて声を上げた。
「ま、まあ、中間試験のグループ課題の発表までまだ一ヶ月あるから、色々試すことができるし。そのうちにいい解決案が出てくるはずだよ!」
わたしの言葉にリズは「前向きね」と苦笑した。ただ、アルは厳しい表情を崩さず、テーブルの上に置いたホルホルの蔦をじっと睨み付けていた。
……結局、それから二週間経っても「いい解決案」は出てこなかった。
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