⑧リズのプレゼン!
「許可できない」
わたしとリズ、そしてアルの三人に、レベッカ先生はきっぱりと告げた。
ここは魔法生物学室の準備室だ。レベッカ先生は深い緑色のショートカットの先生で活発な雰囲気が漂う、可愛いよりかっこいいって感じの人だ。
昨日の夜、リズから教えてもらった照明の『材料候補』。
それをもらうためにララスフィアの魔法植物の管理者でもあるレベッカ先生に会いに来たんだけど、まさか断られちゃうなんて。
「一本でいいんです」とアルが言い募るけど、レベッカ先生は「だめだ」と首を振った。
「どうしてですか?」
リズに聞かれて、レベッカ先生は腕組みをする。二人とも目力が強いから睨み合ってるように見える。ひええええ、二人とも怒ってないよね……?
「聞いたところ、おまえたちは課外活動で使いたいんだろ。植物園は一年間の授業計画に基づいて管理してるんだ。こんなふうに欲しいと言う生徒にいちいちやってたら、足りなくなっちまう。例外を認めるわけにはいかないね」
今度はしっかりと理由まで付けられて断られてしまい、わたしたち三人はすごすごと退室して食堂(カフェテリア)へ移動した。
それぞれ料理を受け取って、空いていたテーブルの席に三人並んで座った。
「断られちゃったね……」
「仕方ないわね。レベッカ先生の言ってたことももっともだし」
「やっぱり自分たちで森に採集に行くのは難しいかな?」とアルが諦めきれない様子で聞くと、リズは「止めた方がいいわ」と頷いた。
「ホルホルの蔦は危険だから。私の故郷でも大人が数人がかりで採集してた」
それは昨夜も教えてくれたことだった。材料の候補であるホルホルの蔦は野生では危険な樹木だから、採集されたものを使った方がいいって。
「何か別の手を探さないとな……」
アルが独り言みたいに呟きながらシチューを食べていた。
そんな姿を見て、わたしはリズにそっと耳打ちをする。
「ねえ、結局、アルってどうしてグループ活動に協力してくれる気になったのかな」
そう、実は午前中の授業もアルはいつもよりずっと積極的にグループでの活動に参加してくれたんだ。昨日の夜、照明の話は盛り上がったけど、グループ活動については微妙な感じのままだった気がしたんだけど……。
でも、わたしの囁きにリズは呆れたようにため息を吐く。
えっ、わたし何か変なこと聞いた?
「咲良ってときどき鈍いのね」
「ええっ!? わたし、鈍い……?」
「いいと思うよ。私はそういうところも好きだから」
好き、という言葉に少しどきりとしてしまう。わたしがあわあわと動揺しているとリズは優しく微笑んで言葉を続けた。
「まあ、アルが協力する気になったのは、昨日の夜、咲良が言ってたみたいに、協力することで新しいことや大きいことができるって思ったからじゃないの」
「えっ、そうなの……?」
「うん、そうだよ」
わたしの言葉に応えたのはアルだった。リズとの会話、聞こえてたみたい……。
「正確には、試す価値があると思ったんだ。実際、昨日、二人と議論することで照明のアイデアがぐんとよくなったからね。気づかなかった?」
「あ、えーっと、わたしは昨日の夜は楽しかったから、最後の方はグループ活動のこととか忘れてて……」
わたしの言葉にリズとアルはそろって呆れたように笑った。
リズが不意に真剣な表情になってパスタを食べる手を止めた。
「グループ活動か……」
「リズ? どうしたの?」
「照明のプロジェクトを、中間試験のグループ課題ってことにしたらどうかな」
わたしはその意味をすぐには理解できなかったけど、アルは「なるほど」と頷いた。
「授業の一環ということにすればいいのか。そうすればこれはただの課外活動じゃなくなるから、魔法植物園から材料をもらう理由になる」
「そう。それに先にルイス先生に話を通して、グループ課題にプラスして、学園の仕事ってことにした方がいいかも。あとは……完成したときのメリットを説明する、とか」
「メリット?」とアルが首を傾げる。
「夜間安全になるとか……。あ、ひょっとして作ろうとしてる照明ってお金になる?」
「……可能性はある、と思う」とアルが慎重な答えを返す。
「やっぱりそうよね。その利益が学園に入る可能性があるなら、交渉材料になるかも」
こ、交渉材料……! なんか……かっこいい!
そのあとわたしたちは急いで昼食を終えて、ルイス先生へ事情を説明したり、説明資料の準備をしたりしてから、もう一度レベッカ先生のところへ行った。
そして――
「これは画期的なプロジェクトで――」
「私たちはこれをグループ課題として――」
「成功した暁にはこれだけの収益が見込めまして、学園の成果にもなり――」
リズがすらすらと説明していく。レベッカ先生の手元にはアルの照明の図面と、昨夜見せてもらった実物がある。それにホルホルの蔦を提供してもらった場合の改良案まである。さらに黒板を借りて、費用と売り上げの試算までしている。レベッカ先生は黙ったままリズの説明に耳を傾けている。
わたしは、リズのプレゼンテーションにただただ圧倒されていた。現実的でいつも筋が通ってるとは思ってたけど、こんな説得力のある説明をできるなんて……すごい……!
「以上です。どうでしょうか、先生」
リズがそう締めくくると、レベッカ先生は「ふむ」と唸ったあといくつか質問をして、それにはリズだけでなく、アルやわたしも答えていく。
先生は質疑が終わってしばらく手元の資料を見たり、わたしたちの顔を見たりしていたけど、やがてふーっと大きく息を吐き出した。
えっ、それってどういう反応……? 結構うまく説明できてた気がしたんだけど、だめだったのかな……? なんて気弱になっていると、レベッカ先生は「あー、もう!」と叫んだ。わたしたち三人はその大声にびくりと身体を震わせた。
「こんなの認めるしかないだろーがよ!」
レベッカ先生の言葉を理解できなくて、わたしたちは一瞬きょとんとした。
「先生、それって……」
「いいよ、ホルホルの蔦、好きなだけ持ってきな」
「……いいんですか!?」わたしは思わず聞き返してしまう。
「ああ。これだけのプレゼンをされて断れないよ。正直、見くびってた。学園に入ったばかりの一年生が図々しいことを、ってね。すまなかった」
「あ、ありがとうございます! でも、授業で使う分が足りなくなっちゃうんじゃ……」
わたしの心配にレベッカ先生が呆れる。
「やるって言ってるんだからそんな心配しなくていいんだよ。近くの森にホルホルの蔦は群生してるんだ。そのうち私が新しいのを採集してくるさ」
わたしたちは顔を見合わせる。リズが「やったわね」と笑って、わたしたち三人はハイタッチを交わした。軽く乾いた音が響く。
そんなふうにして、その日の夜からわたしたち三人は工房に集まって本格的に活動をすることになったのだった。
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