⑥仲直り
わたしとリズはシェリー先生に連れられて準備室に移動した。
一度服を脱いで軽く洗ってから、先生に魔法で乾かしてもらって着直す。
それから先生は「ゆっくり休んでください」と笑顔で教室へ戻っていく。ただし「リズベスさんへの指導はあとでしっかりするので」と何だか迫力のある笑顔で付け加えていったけど。
わたしとリズは向き合って椅子に座る。今しかない、と思ってわたしは口を開いた。
「リズ、ごめんね! わたし、無神経で、それで――」
わたしが今朝のことを謝ろうとすると、リズが深くため息をついた。
「他人を助けて、自分が怪我したかもしれないのに。どれだけお人好しなのよ」
「えっ……? えっと、それは……だって、リズのこと傷つけて、怒らせちゃって……」
リズはじっとわたしを見つめてきて、それからふいっと視線を逸らした。
「……怒ってなんかないわ」
「えっ……? でもあんなにわたしのこと避けて……」
「ただ、咲良の役に立ちたかっただけ」
「えっ……?」
予想していなかった言葉にわたしは首を傾げる。
「なのに私は咲良に上手に魔杖の使い方を教えることができなくて……情けなくて、咲良に合わせる顔がなかったの。ごめんなさい、避けたりして」
……え?
「じ、じゃあ、リズはわたしが無神経なことしたから怒ってたわけじゃないの……?」
わたしの質問にリズは首を振った。
「よ、よかったぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
椅子からずり落ちそうなくらい全身の力が抜けていく。
でも、すぐに別のことが気になって首を傾げた。
「えっ、でもなんでわたしの役に立ちたいなんて……?」
リズは困ったような微妙な表情を浮かべ、また視線を逸らしてこう言った。
「秘密」
「……えーっ!?」
「どうだっていいじゃない。ただ私がそうしたいってだけだから」
めちゃくちゃ気になるんだけど……。
「リズが隠したいならいいけどさぁ……。でも、わたしはリズが友達でいてくれるだけで十分なんだけどなあ」
全然知らないこの世界で、リズが同じ部屋で親切にしてくれて、仲良くしてくれて、それがすごく心強くて、嬉しかったから。
「そ、そうなんだ……」
リズがふいっと顔を横に向ける。心なしか頬が赤いような。
「どうしたの、リズ?」
わたしが覗き込むとぐいっと押し戻された。
「な、何でもない! あなたって、ほんと……」
リズは深くため息をついた。
「もういいわ。協力する」
「えっ? 協力?」
「だから、グループのこと。ちゃんとグループに参加して欲しいんでしょ、アルに」
「えっ、うそ、ほんとに!? やった! ありがとう!」
「ありがとうって言うのは私でしょ。さっき助けてもらったんだから」
「それとこれとは別だよ! ……でも、どうして協力してくれる気になったの?」
「咲良のお人好しを見てたらバカバカしくなっちゃったの。あいつの方が悪いとか、そんなことでうじうじ言ってるのが。そんなことより咲良のしたいことに協力しようって」
「ありがとう、リズ! 大好き!」
わたしが抱きつくとリズは「わっ、ちょっと」と驚いて抵抗していたけれど、やがて「しょうがないなあ」と諦めて小さく笑った。
「あ、じゃあ、仲直りにこれ飲もうよ!」
わたしは魔法薬の入ったガラス瓶を出す。さっき授業で作った『仲直りの秘薬』だ。
「えっ? もういいじゃない。仲直りはしたでしょ?」
「いいからいいから。ほら、記念に。って言うか、興味ない? どんな味するか」
わたしが目をきらきらさせて言うと、リズは呆れたように苦笑した。
「要するに飲んでみたいだけね……。まあいいけど」
わたしとリズはビーカーをコップ代わりに、魔法薬を分けあった。
二人で小さく「乾杯」と言ってビーカーをそっとぶつけた。
誰もいない調合準備室で二人きり。何だか秘密の会合みたいでわくわくするなあ。
リズも同じ気持ちになったみたいで、目を見合わせてから笑い合い、魔法薬を飲む。
一瞬、間が空いた。
リズの表情が笑顔のまま固まる。わたしも固まった。
リズが口元を手で押さえる。わたしも同じように口に手を当てた。
リズの目に涙が浮かぶ。わたしの目にも涙が浮かんだ。
ごくり、とリズの喉が動く。わたしも何とか口の中のものを呑み込んだ。
「「ま、まず~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~い!!」」
わたしとリズの絶叫が調合準備室に響き渡った。
二人で慌てて水を飲んで、それから顔を見合わせた。
あまりのまずさにお互いに顔をしかめて、その表情が面白くて吹き出してしまう。
「何これ!」
「ひどい味!」
それからしばらく二人でけらけら笑った。
『仲直りの秘薬』には、心を解きほぐしてお互いに本音を言いやすくする作用だけじゃなくて、ひどいまずさを一緒に味わうことで連帯感を生む作用があるって聞いたのは、しばらくあとのことだった。
……そんな魔法薬、ありなの?
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