②このグループ大丈夫?
「ちょっと咲良、いつまで寝てるの? 遅刻するわよ」
そんな声が聞こえたかと思うと、掛け布団さっと取られた。
春先の空気はまだ肌寒くて、わたしは身体を丸めた。
「さ、寒いよう~。もうちょっと寝かせて~」
「だめ。昨日もそう言って入学式ぎりぎりになったでしょ」
「うう……」
しぶしぶ身体を起こすと、赤い髪の女の子が呆れた顔でこちらを見ていた。
「おはよう咲良。よだれ拭いた方がいいよ」
ここは魔法学園ララスフィアの学生寮。起こしてくれたのはルームメイトのリズだ。
ララ校長が現れた一週間前の夜、わたしは半信半疑だったけど魔法の扉をくぐった。
すると、扉の先にあったのは本当に魔法の世界だったんだ!
わたしはララ校長に言われるまま入学試験を受けて(聞いてないよ!? って焦ったけど)、全然手応えがなくて落ち込んだけどなぜか合格してて、こうして寮に入って生活を送ることができてる。今日からいよいよ本格的に授業が始まるんだ!
「はああ~、今日も朝ご飯抜きか~」
わたしがぼやきながら制服に着替えると、リズから無言で紙袋を渡された。中を見て「わっ」と歓声を上げる。なんと、中にはパンと果物が入っていた。
「食べながら行けばいいわよ。ちょっと行儀悪いけどね」
「ありがとう、リズ! これで午前中、生きていけるよっ!」
「おおげさ」
リズはちょっと厳しいけど、実はとっても優しいんだ。面倒見のいいきれいなお姉さんって感じ。同級生なんだけどね。同じ部屋になってから、この世界や魔法のことをよく知らないわたしにすごく親切にしてくれるんだ。
「うう……。朝は苦手なんだよね」
スマホどころか、目覚まし時計もないし……。この世界では魔法が発達していて魔道具っていう便利な道具があるんだけど、前の世界にあったみたいな精密な機械はないんだ。
準備を済ませて寮の部屋を出ると、すごく長い廊下が現れる。
魔法学園ララスフィアは中高一貫校みたいな感じで一年生から六年生までいて、そのうえ全寮制だから寮の建物はかなり大きい。
寮から校舎に向かって歩いていると、
「ブロウ!」
そんな声が聞こえたすぐあとに強い風が吹いた。ぶわっと髪の毛が巻き上げられる。
「わっ!」
わたしは思わず悲鳴を上げちゃったけど、リズは平気そうな顔。それどころかわたしの前に立って、風から守ってくれていた。かっこよすぎるんだけど……!?
「ブロウ!」
「もっとよく狙え!」
「はい! ブロウ!」
「よし、いいぞ!」
校庭みたいな場所に小さなカカシみたいなのが何本も立てられていて、そこに向かって杖を構えている先輩たちと、めちゃくちゃごつい男の先生がいた。先輩たちの杖がきらきら輝いて、そのたびに突風が吹く。あ、カカシが一つ倒れた。
「クラブ活動ね。あれは射撃魔法部かな。風の魔法で的を落とすのよ」
「おお~、やっぱり魔法なんだ! 何回見ても感動しちゃうなあ」
「そっか。咲良の国には魔法がなかったのよね」
魔法学園ララスフィアはいろいろな国から子どもたちが魔法を勉強しにくる場所で、わたしは魔法がない遠い国の出身ってことになってるんだ。
「うん。杖を持って、呪文を唱えたら風が起きるなんて、あんな不思議な現象、どうやって起こしてるんだろう。呪文って何? どうして羽根も付いてないのに風が起こせるの? 魔法が出るときのあのきらきらした光は?」
リズがくすりと笑って、わたしは自分が早口になっていたことに気づいた。
「咲良はちょっと変わってるね。魔法に興味があっても、普通はそんな細かいことは気にしないと思うけど」
「えっ……そ、そうかな……? 変……?」
「ううん。いいと思う。咲良に言われて私も気になったしね」
そんな話をしているうちにわたしたちは校舎に着いた。校舎は寮以上に立派な建物で、社会の教科書とかに載ってるようなヨーロッパの宮殿みたい。
周りを見ると、いつのまにかわたしたちと同じように制服を着た子たちが校舎に向かって歩いている。
わたしはそんな中で足を止めた。
「どうしたの、咲良?」
前の世界で勉強してきたものは全部リセットされちゃって、他の子たちがたくさん積み上げてきた中で、わたしだけがゼロからスタートしなくちゃいけない不安はある。
でもそれ以上に新しい世界への期待で胸が高鳴っていた。
「ううん、何でもないよ。行こう、リズ」
わたしは大きく息を吐いて、ゆっくり校舎に足を踏み入れた。
教室に入るともう二十人くらいの子たちがいた。男女半々くらい。一人で席に座ってる子もいたし、何人か集まって立ち話をしてる子もいる。
「あそこに席が書かれてるわね」
リズの言葉どおり、教室の前の黒板に大きく座席表が書かれていた。わたしたちが自分たちの席を確認しようとすると、先に座席表を見ていた数人が振り返った。先頭の女の子がこちらをバカにするように口の端を上げて、
「あら、何だか臭うと思ったら、田舎者じゃない」
と、嫌味たっぷりの言葉をぶつけてくる。わたしはたじろいだ。
彼女の名前はクレア。入学試験のときに訳あってちょっと揉めてしまった子だ。
入学試験の日、クレアは取り巻きの子たちと一緒に一人の子をいじめてたんだ。わたしは考えなしに彼女たちに突っ込んでいって、いじめられてる子を助けようとして……。
やっぱりあの一件で嫌われたんだろうなあ。助けるにしてももう少しスマートなやり方があったかも。そういえばあのときいじめられてた子はどうなったんだろう。あれ以来見てないなあ……試験落ちちゃったのかな……なんて思っていると、
「ちょっと、あなたね……!」
とリズが怒ってクレアに詰め寄ろうとしていた。
「わ、ストップストップ! いいよ、リズ。わたしは気にしてないし」
「さ、汚らしい田舎者は退いてちょうだい。万が一にもあなたたちと同じグループにならなくてよかったわ。おほほほほほ!」
わたしが止めているうちに、クレアは高笑いをしながら、取り巻きの子たちと一緒に自分の席へと歩いて行く。
「ちょっと咲良、どうして止めるのよ。あんなふうにバカにされたのに!」
「だってわたしが田舎者なのは本当だし。あ、でも臭わないよね……?」
袖のあたりを嗅いでみる。くんくん。うーん、田舎者の……臭い……?
「臭わないよ! むしろいい匂いだから」
「いい匂いなんだ!?」
「じゃなくて! 咲良、あのときは立ち向かってたじゃない。なのに今は――」
リズははっとしたように口を閉じた。わたしも少し驚いて彼女をまじまじと見つめた。
あのときというのは、きっと入学試験のときのことだろう。近くに人はいなかったと思うから、リズはどこか遠くから見ていたのかもしれない。
「それはまあ、状況が違うから。あのときはいじめられてる子がいたけど、今はただ嫌味を言われただけだし。怒るほどのことじゃないよ」
「……お人好し」
「あはは。それよりさ、グループって?」
さっきクレアがわたしたちと同じグループにならなくてよかったと言ってたけど、あれは何のことだったんだろう。
「授業や実習はグループ単位でやることが多いのよ。中間試験もグループ課題があったりするらしいし。ちなみに、寮で同室の子は同じグループになるみたい」
「そうなんだ! じゃあリズと同じグループってことだよね。よかった~」
そうね、とリズが口元に淡い笑みを浮かべて頷く。
「ねえ、早くわたしたちの席に行って、グループの子たちに挨拶しようよ。えーっと、あ、いちばん後ろの窓際の席だよ! グループは三人なんだね。一人部屋なのかな」
黒板の座席表で『春野咲良』と『リズベス・レッドウォルフ』と同じ四角で囲まれていたのは『アルバート・ブライス』という名前だった。
指定された席へ行ってみると、男の子が座っていた。
もっさりとした黒髪の眼鏡をかけた物静かそうな雰囲気の子で、分厚い本を広げて読みふけっていて、こちらに気づく様子もない。
「あの、初めまして」
声をかけてみても脇目も振らずに本を読み続けてる。すごい集中力だなあ……。
「ちょっと、ねえ」
リズが男の子の目の前でひらひらと手を振った。さすがに彼も気づいたみたいで、ゆっくりと視線を上げてリズとわたしを順番に見た。
「あ、あのね、わたしは咲良。同じグループになったから挨拶しようと思って」
「……ああ。僕はアル。よろしく」
彼はそれだけ言うと、本に視線を戻してしまった。
ええー……なんて素っ気ない。これから同じグループになるのに、全然興味なしって感じだ。リズの方を見ると、呆れたようにため息を吐いていた。
「先が思いやられるグループね」
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