浮かない顔、途切れ途切れ
海湖水
浮かない顔、途切れ途切れ
空をカモメが飛んでいる。
いつもなら、ナギはこの時間帯にここを通るのだが。
来るのを何もせずに待つのは暇だが、そういう時は遠くに見える船を眺めることにしている。空っぽになった心は、波音で研ぎ澄まされていくようだった。
「またいたのか」
ふと声の方を見ると、そこにはこの島に一つだけしかない高校の制服を着た少女が立っていた。ナギだ。やっと来たのか、と思う僕を気にせずに、ナギはそのまま通り去ろうとする。
「ちょ、ちょい待ち!!声かけてくれたってことは僕に気づいてるんでしょ⁉」
「それがどうした。私は今日、家に帰ってから高校の課題をしなければならないんだが」
「じゃあ、僕と一緒にしようよ!!前世からの仲じゃん⁉」
「……ラクは今、課題を持っているのか?」
舐めるなよ、前世からの付き合いだ。課題にナギが焦っているのは知ってるさ。
僕はそう思いながら、近くに置いていたカバンから課題を取り出した。
ナギはそれを見ると再び歩き出した。僕は素早く立ち上がると、カバンを背負ってナギを追いかけた。
「おじゃましまーす」
「今日は誰もいないぞ。まあ6時には帰ってくるか……」
「あ、そうなの?」
僕とナギはリビングの机に課題を広げると、さっそく取り掛かった。
ナギはいつも、課題は早く始めるのに、終わるのが遅いのだ。僕は、そんなナギと課題をするために、課題が終わらないよう、だが間に合うように予定を立てなければならない。
蝉がうるさい。夏になった証拠だ。前世には蝉がいなかったから、この感覚が付いたという事は、僕は今の人生を十分に満喫できているという事だろう。
「前世は課題なかったんだけどな」
「それを言うなら、前世はまず学校すらなかった」
「確かに……。教育、とかそんな空気じゃなかったもんね」
「ああ……」
前の世界。いわゆる、剣と魔法の世界だ。だが、こちらの世界で想像されているような勇者も、チートを持った賢者みたいなやつもいない。
基本は戦争。数と戦略のぶつかり合い。確かに、兵士の質みたいなものもあるが、人間が鍛えたところで身体能力や使える魔法なんてものは知れている。
全く夢の無い世界だ。自分でもそう思う。
「僕は魔法を使ってたから、今の人生じゃ何も生かせないけどさ、ナギは剣術とかが活かせたりしないの?部活動とか」
「そんなにうまくいかないものだ。前の世界と比べて、筋力もまるで足りていない」
「そっか。まあ、そりゃそうか」
前世の会話をよくナギとするのは、前世の記憶を取り戻したいからだ。
なぜか、僕の前世の記憶はナギと違って途切れ途切れなのだ。だからこそ、記憶が完全にあるナギと会話を重ねたならば、思い出せるのではないか。そんな仮説の元、僕たちは前世の会話をしている。
記憶が途切れ途切れという事もあって会話にはたまに齟齬があるが、基本的に僕の記憶には一貫していることがあるから、会話はそれに沿えばいい。
僕は、ナギが好きだった。そして、僕とナギは前世ではいつも一緒にいた。それだけが、記憶の中で一貫している。
ナギは前世の話をすると、浮かない顔をする。何度かその理由を聞いても、はぐらかされるだけだった。ほら、今もそんな顔だ。
「ラク、お前も課題を進めろよ。終わらなければ、先生に叱られるのは私なんだ」
「ナギも頑張ってよ。課題の進み、正直な話、僕より遅いでしょ」
「終わるからいいんだ」
よかった。今日も記憶を取り戻さなかった。
私はラクが帰るのを見ながらそう思った。
かつての世界、私は全てを見てきた。私の愛した人の死に様も。
いつかは彼から離れなければいけない。ラクと過ごしていたら、いつかまた一緒になってしまいそうで怖かった。また、しあわせになってしまいそうで怖かった。
しあわせが壊れるのが怖い。でも、しあわせは甘美だった。
私がラクから離れられないのは、この小さな島に二人が住んでいるからか、それとも…………彼が好きだからか。
私はリビングに戻ると、課題を片付け、課題の計画を見直した。
課題が終わらないようにするのも、随分と慣れたものだ。
浮かない顔、途切れ途切れ 海湖水 @Kaikosui
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