7. 馬車馬のように働け
ネキの仕事は、村の雑用全般でした。
「おーい、こっちの木運んでくれないか。」
その仕事は、いわば便利屋のようなものでした。
「この実とこの草とこの魚採ってきて。」
仕事は多岐に渡ります。
「ちょっとこっち手伝って。」
「ちょっとこの子見ててもらえる。」
「暇だから遊んで。」
「つっかれたぁあ…………」
そう言って、ケイタはぐだ、と手足を地面に投げ出しました。
二人の仕事がひと段落した頃にはすっかり辺りは真っ暗になっていました。人で言えば深夜と呼ばれるような時間帯だろう、とケイタは思います。しかし、村は「暗くなり始めてからが朝」と言う言葉通り、活動するものの数は暗くなるにつれて増えていきました。
「この程度で情けない声を出すな。」
ケイタの隣で、ネキは涼しい顔です。ケイタは恨みがましくネキを見つめました。
「そりゃ、ネキは平気かもだけど、さ……」
ネキは先程川で竹筒に汲んだ水を一息に飲み干します。そしてもう一つ水を汲んだ竹筒を手に、ちらりとケイタの方を見やりましたが、ケイタは首を横に振りました。
「そういえば、お前。この村で暮らすなら焼却炉には近づくな。」
「焼却炉……?」
「ここから南に行ったところにある。」
「なんで、だめなの」
「死ぬぞ。」
ケイタはサッと青ざめ、これは従っておこう、と強く思いました。
「さて、そろそろ戻るぞ。」
「えぇー……もう?」
ケイタの不服を完全に黙殺してネキが歩き出します。ケイタは座ったままぶつぶつと文句を言いましたが、ネキが離れていく一方だったので大人しく立ち上がり、歩き始めました。
着いたのは、先程訪れた針子小屋でした。
「ヒメ。何か運ぶ物あるか。」
先程と同じく優しくかけられたネキの声に、上半身から下が靴に覆われた少女が振り返ります。
少女は先程来た時から動いていないようでした。
「…………ネキ。じゃあ手前のこれと、奥にある四つをお願い。」
「わかった。行くぞ、ケイタ。」
「うへぇ、重そう……」
まずは奥のものから、指示されたものをケイタとネキが担ぎ運びます。ケイタの腕は酷使されて疲労困憊でした。荷物を半分以上運び終えた時には、鈍重な足運びのケイタをネキが置き去りにする様に歩いていました。
ケイタの作業があまりにも遅かったので、ネキは苛立ちを隠しもしない顔で言いました。
「もういい。お前もうここで休んでいろ。」
「……っ、だ、だって流石に多すぎない……!? 人使い、荒すぎっ……!」
ネキは鋭い眼光でケイタを見据えます。
「……俺は人間じゃない。」
「……あぁ、はいはい。言葉選びにも気をつけろと……」
ケイタは疲労とイライラをネキにぶつけます。
「そもそも、なんかネキ、あの子に対して妙に優しくない?」
ケイタは先程のやりとりを思い出します。ネキは無感情に言います。
「ヒメには優しい、というより、お前に優しくしてるつもりがない。」
「はっ……いや、まぁ確かにそうだけどさ」
ケイタは頭を掻きむしり、ネキは目を伏せます。
「……そうじゃなくても、俺はヒメには優しくする。」
ケイタが口をひん曲げてネキを見ました。その表情からは全く感情を読みとれないネキと、微妙な顔をするケイタ。二人は今、どういう感情を抱いているのでしょうか。
「あいつは、『ニンゲン』に裏切られて体の半分を失ったんだ。」
「は……?」
ケイタはあんぐりと口を開けます。
「ちょっと待って、じゃああの靴の下は――」
「ない。……引きちぎられた様な歪な形をしている。」
ケイタはゔっと口を覆いました。
「ヒメはそいつのことが好きだった。騙したのさ。……俺は、さ。だから。」
青い顔のケイタに、ネキが笑いかけました。
初めて見るネキの笑顔でした。ヒメの傷跡がいかに歪であろうと、その笑みほどではないでしょう。
「俺は、生きているうちに殺さなくちゃいけない奴が『二人』いる。その一人が――そいつだ。」
「待って、ネキ。それ、いや、あともう一人は――」
「それをお前にはまだ、言えない。」
「自分でよく考えて、いつか。言い当てろ。……ケイタ。」
全てを運び終えた時、空は白み始めていました。ネキが今日の仕事はこれで終わりだと告げると、ケイタは真っ先に昨日あてがわれた小屋へ戻りました。
その夜、寝心地の悪さをすっかり忘れてケイタは熟睡しました。
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異形村 いろは @mamotoiro
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