6. 占ってあげる
「はぁっ、はぁ、はぁ……!!」
ケイタとネキはしばらく走り続け、村の少し奥まった場所に行き着きました。近くには川が流れ、木が先ほど以上に生い茂り、少し不気味な場所でした。
「ここまでくれば、大丈夫だろう。あいつは脚はあまり速くない。……しかし、あの態度は。」
「ぜぇ……はぁっ、はぁっ、っ、はぁぁ……」
ぶつぶつとなにかを呟いていたネキが、ふと言葉を区切り、ケイタを一瞥します。
「ケイタ、体力なさすぎないか。よく今まで生きてこれたな。」
「ネキがっ……早すぎ……るんだよ!」
猫又と化け狐のハーフの少年は、何事もなかったかのように涼しい顔でいるのに対し、臆病な少年は膝に手をつき肩で息をしています。
「俺は猫又でもあるんだから、足が速いのは当たり前だ。」
「だろうねっ……僕は……にんげ……」
ん、と言いかけて、ケイタはぐっと言葉に詰まりました。
「……やっぱり、『ニンゲン』は……ここにいるべきじゃ、ないのかな」
「……。」
ケイタとネキは、先程の熊のことを思い出していました。
「『ニンゲン』と認識しただけで、襲いかかってくるなんて……」
ケイタはこの村で過ごすことに不安を覚えました。
「あいつのしたことは、過剰だった。村では許されないことだ。だが、そうだな。」
ネキが辺りを見渡します。
「聞いてみるか。」
「え?」
「近くにあいつがいる。向こうだな。」
そう言いながらネキは川に近づき、前方をちょいちょい、と指さしました。ケイタも後に続きます。
二人はしばらく歩きました。すると人一人が生活できるかも怪しいような、とても小さな小屋が見えてきました。
その小屋の前に、座っている人のような姿が見えました。
「やぁ。時間ぴったりだね。いらっしゃい、お二人さん。」
声を発したのは小柄な少年でした。中性的で、髪が長く痩せぎす、そして大きな瞳が特徴的でした。
「じ、時間ぴったり……?」
「相変わらずの精度だな、占い屋。」
「当たり前でしょ、お狐さま。」
よいしょ、と小柄な少年が立ち上がります。動きに合わせて、無造作な長髪が揺れました。
「それで? その横の、なに。」
ケイタは少年の大きな目に飲み込まれそうな感覚を覚えます。
「こいつは新入りだ。」
お狐さまと呼ばれたネキが、すっとケイタを見ました。臆病な少年は一呼吸おき、自己紹介をします。
「ふうん。『ケイタ』、ね…………どちらかと言うと君は『ポンタ』っぽい。ポンタって呼ぶね。」
「え……は、はぁ……」
ケイタ……いえ、ポンタが戸惑うようにお狐さまを見ました。お狐さまははんっと小馬鹿にするように笑いました。
「それで、今日はポンタを占ってもらいにきたんだ。」
「なるほどね。じゃあポンタ、ここへどうぞ。」
「……」
ポンタはその呼び方に未だ不服そうでしたが、指示された通り少年の目の前に立ちました。小柄だとは思いましたが、少年はあまり背の高い方でないポンタと並んでも頭一つ分以上背が低いのでした。
「僕の目線に合わせて。……あと、その前に一つ聞きたいんだけど、君、『ニンゲン』?」
「ぇ、と」
「あぁ大丈夫。僕は『ニンゲン』は好きじゃないが急に襲ったりしないから。正直に答えて。」
「……『ニンゲン』だよ。…………あの」
ポンタは目線を下げるべく膝立ちになりながら、モゴモゴと尋ねました。
「君は……『ニンゲン』じゃないの?」
長髪の少年と、ポンタの目が合いました。
ポンタからは見えませんでしたが、お狐さまが苦虫を噛み潰したような顔をしました。
「俺とそんなのと、一緒にしないでくれる。」
その時、お狐さまが二人から瞬時に遠ざかりました。
その時、二人の周囲が炎に囲まれました。
「!?」
「……『ケイタ』。今の、撤回して。」
ケイタはなにが起きたのかわかりませんでした。少年の目が赤く染まり、その奥が文字通り燃えているように見えました。どこから炎が起きたのか? この状況は一体何だ? しかし自分の一言が彼を猛烈に怒らせたのだと、それだけはわかりました。
「ごごごご、ごめん!! こ、こんなことできるなんて」
「君は『ニンゲン』じゃない!!」
ケイタはぎゅと目を瞑りました。
その時、しゅう、と音が聞こえました。
ケイタがそぅ……っと目を開けると、炎は嘘のように消えていました。が、炎があった部分、草が焦げているのが見て取れました。
ケイタはキツネにつままれたような気分になりました。
長髪の隙間から、少年の弾けるような笑顔が見えました。少年の目は、髪と同じ青みがかった灰色に戻っていました。
「そうそう。そうだよね。僕は『ニンゲン』じゃない。」
「そうだぞ。ポンタ。お前の発言は軽率すぎだ。」
「ごめんなさい……でも、今の、一体……」
「それは、占いが終わってからにしようか。」
そう言って、再び長髪の少年とポンタの目が合いました。ケイタは、かちり、と音が聞こえたように感じました。
長髪の少年の目が青く発光したようにも、それが青い炎のようにも見えました。
二人はみじろぎ一つせず、ポンタにとっては永遠にも感じられるような時間が過ぎました。
やがて、長髪の少年はケイタから視線を外し、お狐さまを見ました。
「ね。昨日って警備行かせてないよね。」
お狐さまがすぐに答えました。
「あぁ。昨日は誰も警備に行っていない。」
「そっかぁ。おかしいなぁ。」
ポンタには何が何だかわかりませんでした。すると少年がくるりと長髪を翻しながら、振り返り言いました。
「君、死なないみたいだよ。」
「……あ、ぇ、は、はぁあ?」
「それはすごいな。ポンタ。」
「ほんと。なんでだろ。何度見ても……うん。死なない。」
占い師がいると言われて、占った結果が死なない、とは果たしてどういうことなのでしょう。当惑するポンタを置き去りに、長髪の少年はとても興味深そうにし、ネキはしきりに頷いています。
臆病なポンタにも、流石に限界が訪れたようでした。
「だから、どういうことなのか、説明して!!」
今までで一番、大きな声を出しました。正直先程危険な目にあったばかりで恐怖心はありましたが、それに勝る怒りと困惑でした。
必死なポンタの様子に、しかし二人は落ち着いていました。
「はいはい。ごめんねーポンタ。」
「うるさいぞ、ポンタ。」
相変わらず人をおちょくるような呼び方を継続する二人に、思わずため息が洩れました。
「俺から話してもいいんだけど、もう『朝』だから。」
「仕事か。」
「そうそう。あ、ちなみに今日は誰も来ないみたいだよ。だからあとはよろしくね、……『お狐さま』。」
幼い笑みを浮かべて、小柄な少年の背中が遠ざかっていきます。
ネキがケイタを見ました。
「今のが占い屋だ。あいつは火を操れる。そして。」
言葉を区切ります。
「人の、未来が見える。」
「……は?」
ケイタは驚き、は、を何度か繰り返して、そのあと急にはしゃぎ出しました。
「なにそれ、すごい!! パイロキネシスとプレコグニション両方使えるってこと!? ESPじゃん!! うそ、やっば……」
ネキは地面の揺れる草を見つめていました。ケイタの興奮は収まりません。
「そっかぁ……未来予知…………え、そんなん重宝されない? 僕知り合いにいたら絶対見てもらうんだけど」
「そうならなかったから、ここにいるんだろ。」
ネキの鋭い一言に、ケイタは一瞬で黙りました。聞こえるか聞こえないかぐらいの声でごめん、と呟きます。狐と猫の血が混じったネキの聴覚はその音を拾いましたが、無視しました。
「……そろそろ、『朝』になる。」
空の太陽は、南中に達していました。
「朝って……もう昼だよ」
「『ニンゲン』の世界がどうなのかは知らないが、大概のやつは暗くなった時が『昼』だ。」
「……そういえばそうか」
「お前、腹は空かないのか。」
ケイタは反射的にお腹をさすりました。ケイタは決して少食な方ではなく、朝昼晩間食までしっかり食べていました。
しかしこの村に来てから、不思議なことにお腹は空いていませんでした。
ケイタがそれをネキに伝えると、そうか、と短く答えて、その辺にあった初めて見る怪しい色をした果実をむしって口に放り込んで噛み潰して、言いました。
「お前に向いている職はなさそうだから、俺の『雑用』を手伝ってもらう。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます