1. 怪しい案内人

 少年は森の中を歩いています。

 左足を前へ。右足を前へ。また、左足を前へ。

 少年はただひたすらに足を動かしています。

 前方はどこを見ても一面の緑。

 しばらくして、そんな景色に変化がありました。それまで無数の緑が生い茂っていた風景が、そこからは不自然に植物が枯れ、色を失っていたのです。


「ごきげんよう、坊や。迷子ですか?」


 そこには全身黒づくめの男が立っていました。頭にはシルクハットを被り、黒のロングコートに身を包んでいます。男は持ち手と柄の部分が逆転したような、奇妙なデザインの杖をついていました。男は少年としっかり目を合わせ、返答を待っています。

 臆病な少年は顔をそむけ、小さな声で答えました。

「……坊や、でも、迷子でも、ありません」

「これは失礼」

 シルクハットの男は大仰に少年に礼をしました。少年は服の裾をぎゅっと握りしめます。

「では、ムッシュー。ここにはどういったご用件で?」

「む……? それは……えと、その……」

 少年は口籠っています。男は首を傾げました。

 えっと、その、が何度か続き、男は待つのに疲れてきました。その時、少年が意を決したように突然大きな声を出しこう言いました。

「この先に! 村があるって……聞いたんです。そこに行きたくて来たんです」

「ほほぅ」

 シルクハットの男は興味深そうに顎をさすります。その手は黒い手袋に包まれていました。

「いいでしょう。私はその村の案内人です。こちらの道をまっすぐ行かれますと御目当ての村ですよ」

「……どうも」

 シルクハットの男の後方には三つの道が伸びていて、そのうちの一つを男は指差していました。少年はお礼を言いながら、道を指したまま動こうとしない男を訝しげに見ました。

 男は奇妙なほど明るい笑みを浮かべています。爛々と光った目が少年の目を捕らえます。

「どうしましたか?」

「……いや、案内人って割には、村までついてこないんだなと思って……」

 シルクハットの男は芝居がかった動きで驚きの表情を作りました。

「こりゃ驚いた。貴方意外と傲慢なんですねーいや嫌いじゃありませんよ」

 少年はムッとしましたが、男は構わず不気味な笑みを浮かべて続けました。

「案内人、ですから私はここを離れるわけに行かないのです。ほら他の人が来るかもしれないでしょう?」

「……あぁそう」

 少年はこれ以上男と会話をしたくなかったので、そのまま歩き始めました。男は少年の背に向かって言いました。

「健闘を祈ります、ムッシュー。生きてまたお会いしましょう!」

 ……それは旅人を送り出すには少々につかわしくない言葉でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る