後退するもの

霜月れお

後退するもの


 今どき家族写真を撮り続けている家は珍しくなったのかもしれない。我が家は、その珍しいほうで、毎年お盆に家族写真のために集まり、地元の寂れた商店街の写真屋にお世話になる。親父の同級生が営んでいるから贔屓にしている店だ。今年のお盆も家族写真を撮影するため、実家に帰省した。俺も立派な父親になり、愛する妻と5歳になる娘を連れている。明日は写真屋に行くのもあって、浮ついた娘は、家族写真のアルバムを引っ張り出し、時間になっても一向に寝ようとしなかった。

「ねぇ、パパ? この人はだれ?」

 娘が写真の人物に指を差し、俺のことを見上げる。見上げる仕草が可愛らしいと思うのは、きっと親バカなんだろう。けど、可愛いんだ。

「それはね、パパのパパ。だからお祖父ちゃんだ」

 まだ、結婚したばかりの写真だろうか、親父は口を一文字に結び椅子に座り、その隣で母親も真っすぐと前を見て立っている。

「じゃあ、となりの人は、リノのばあばだね」

 娘は、次へ次へとアルバムのページを進めていく。

「あっ、この赤ちゃんはだれ?」

 産まれたばかりの俺が、椅子に腰かけた母親に抱かれている。親父も母親も表情が柔らかくなっていて、微笑んでいる。

「それは、赤ちゃんのときのパパだよ」

 写真の中の人が現在に近づくにつれて、娘の「これは誰?」が減っていくことだけが、何よりの救いだった。それにしても、マメな両親だと思う。

「ねぇ、おじいちゃんって、髪の毛どうしたの?」

 不思議そうに娘が訊いてきた。どうって、どうもしてないはずなんだけど。娘に言われて写真を覗き込む。

「こっちのおじいちゃんと、こっちのおじいちゃん。髪の毛ちがう」

 そこには額が広くなり、耳の上らへんに髪が残っている程度の親父が写っている。自慢ではないけど、俺の家系は禿げるほうだ。さて娘にはどうやって説明しようか。事実を伝えて、恐怖を感じた娘に「キミは大丈夫だ」と言えばいいのだろうか。

「あのね、リノ。こうやって髪の毛が減っていくことは、年を取るってことのひとつなんだよ」

 俺は親父の額が徐々に広がっていくことを確かめるように、アルバムの写真がひとつひとつ娘にも見えるよう、ページを捲る。見れば見るほど親父の額は広がっていく。それも毎年、瞳の幅くらいの単位で髪の毛は後退している。

「あっ、このおじいちゃん。パパにそっくりだね」

 娘は、制服の俺と親父の写真を指さして無邪気に喜んでいる。

「リノ、ちょっと先に寝ててくれるか」

 胸騒ぎがする。俺は立ち上がり部屋の電気を消して、鏡のある洗面所に向かった。


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