第22話
「お前ら。何してるんだ。殴り合いなんて、ガキみたいなことするんじゃない」
白井監督は、自分と池江を一瞥もせずに、机の書類を読んでいる。
「それで、どっちが先に殴った」
池江がゆっくりと手を上げる。池江の拳をくらった自分の右目は、眼帯を巻いている。そして、いまだに痛みは続いている。白井監督も顔をあげて、池江を見つめる
「馬鹿か。目を殴って、望月が失明でもしていたら、どうする」
「すみませんでした」
「謝るなら、最初からしないよう頭で考えろ」
「はい」
池江は、頭を下げる。そして、白井監督は持っていた書類を丸めて、池江の頭を叩く。そして、今度は自分を直視してきた。
「聞いたぞ。喧嘩吹っ掛けたのは、望月だって」
「そんなことは、無いです」
「バカタレ!」
今度は、自分の頭を叩かれた。
「池江が手を出すなんて、相当のことだぞ。自分の胸に手を当てて、思い出してみろ」
言われた通り、胸に手を当てる仕草をする。
「最後は、自分もムキになって言ってしまいましたが。やっぱり、喧嘩を吹っ掛けたつもりは無いです」
「はぁ...。じゃあ、何で池江は怒った」
白井監督の問い掛けは、池江に向く。
「望月が、変に絡んできたからです」
「変に?」
「はい。もっとパスは強く出せとか。もっと動き出し早くしろとか。その位置だったら、自分でもシュート打てるとか。プレーのことで、しつこく絡んできたので」
「それが、なんで喧嘩に発展する」
白井監督は、マイクのように丸めた書類を自分に向ける
「分からないです。池江はプロに行くんだから、普段の練習から、より高いレベルを求めたらどうだろう、って気持ちで言ってました」
「そんな感じじゃ...。無かっただろ。もっと俺に、イライラをぶつけてくるような感じだった」
「それを言うなら、池江だって。その後の言葉は、過剰に反応しすぎだろ」
再び、白井監督の持つ書類が、空間を割く。そして、叩かれる音が、リズムよく二回鳴った。
「もういい。お前ら。二人と話していると、俺は頭が痛くなるわ。とりあえず、池江は帰れ。望月はまだ話があるから、残れ」
なぜ、池江は帰れるのだろうか。思っても突っ込んではいけないことなので、言うことはしない。池江は、言われた通り、さっさと部屋から出ていった。白井監督は、残った自分に、椅子に座るよう指示する。
「はぁ。インターハイも準優勝。プレミアも首位キープと俺の機嫌が良い時に、なにやってるんかね。お前らは」
白井監督は対面のソファに座る。そして、一枚の紙を出した。それはメールを印刷したものだった。
「望月には、またJクラブからの練習参加のオファーが来ていたけど、断るからな。流石に喧嘩をするような、自制できない選手を、外には出せん」
「はい、仕方ないです」
再び白井監督は、溜息をつく。
「池江に。なんであと一年、高校でプレーする。内定貰ったんなら、早くJ2でも良いからプロ行けよ。って言ったそうじゃないか」
「誰に聞いたんですか」
「斎藤が話に来てくれた。そして、近くに居たのに、二人の喧嘩を止められなかったのは自分の責任。二人には重い処分をしないでほしいと」
「斎藤君に、責任は無いです。俺ら二人のことなので」
「俺もそう言った。だがな、そうやって守ってくれる先輩は、多くないぞ。後で、しっかり感謝しておけ」
「はい」
「しかし、早くJ2でも良いから行け、は言い過ぎだろ。本音か?」
「本音です。もし、俺が今の時点でオファー貰えたら、来年からプロになろうとします」
「寂しいこと言うな...。望月が、プロになりたいという気持ちが、誰よりも強いことは知っている。ただそれを、池江にも強要するのは違うだろ。池江には、池江のキャリアの考え方がある」
「分かってます。でも、池江は折角プロレベルの準備が出来ているのに、挑戦しない。それが、自分にとっては不愉快なんです。なら、俺と変わってくれと」
白井監督はもう一度、大きく溜息をつく。
「まぁ、大体分かった。とりあえず、望月と池江は、今週一週間は、練習と試合の参加は禁止。自主練をしても良いが、チームの和を乱した罰を受けている立場、であることは忘れるな」
「申し訳ございませんでした」
高校二年生の冬。チームは、年が明けても快進撃は終わらない。最終的に、学校として、初めての選手権の頂点に立った。池江との衝突の後、プライベートでは自分と池江との間に、以前よりも微妙な距離が出来てしまった。一方で、お互いに、先輩の最後の選手権の邪魔にはなりたくないという思いから、フィールド上ではより必死にプレーした。特に、冬に入ると、池江は誰にも止められなくなっていった。選手権でも合計5ゴール、4アシストと大暴れして、見事大会MVPに選ばれた。
そして、選手権優勝の興奮が冷めやらぬ中。池江が学校に不在のある日、白井監督から池江について語られた。
「今日、この後。チームから正式な発表があるのだが。池江はJ2のチームとプロ契約を交わすことになった。そして、プロで活動するため、部活にはもう来ない。本人の希望で、高校の籍自体は残るが、授業も通信という形になった。明日、寮に最低限の荷物を取りに戻ってくるそうだから、その時には、皆でお祝いしてやろう」
「やっぱり。池江ありきのチームだったね」
そう、スタンドから聞こえてきた気がした。高校最後のインターハイ。去年準優勝の悔しさを胸に、今年は優勝と意気込んで、沖縄に乗り込んだ。しかし結果は、まさかの一回戦負け。試合前の歓声が、時計が進むにつれて溜息に変わり。最後には沈黙となった。インターハイだけではない。四月に始まったプレミアも、思うように勝ちが拾えず。下位を彷徨っている。どうにか勝たなければならないという焦りが、チームの動きをより固くする。一方、チーム状況とは裏腹に、自分の状況はかなり好転していた。毎年ドイツで行われるユースの大会に参加する、高校選抜に選ばれた。そこでの活躍が国内のサッカー雑誌でも、大きく取り上げられた。そして、以前にも増して、Jクラブから声をかけられるようになった。そんな中、夏前にJ2のチームから正式に獲得オファーが届いた。もちろん、即決で、入団の意志を伝えた。
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