終わりよければ全てよし

第18話

 「望月。もう一度確認をするけど。お願いっていうのは、俺の母校の中学校のセレクションに、参加できるよう掛け合って欲しい。という認識で問題ないか」

 「はい。お願いします」

 「うぅ。そっか」

 目の前で、柴崎コーチは困り果てたような顔をする。それもそのはずだ。弱小の町クラブのチームで、飛びぬけて上手い訳でも無い。むしろ下手と評することも出来る選手が、国内屈指の中学校に進学を希望しているのだから。

 「俺の母校が福岡だってことは、知っているんだよな」

 「はい」

 「万が一、セレクションに合格して、入学するってことになった場合、寮生活になるのも分かっているんだよな」

 「はい」

 「うーん。Jクラブ蹴ってまで、入学したいっていう選手がいるレベルってことも…」

 「理解しています」

 「それでも、セレクションに参加してみたいと…」

 「はい」

 セレクションには、誰でも彼でも参加出来るわけでは無い。参加するためには、中学校から直接スカウトされるか。関係者からの推薦がいる。だから、迷わず。OBでもある柴崎コーチを頼ることにした。

 柴崎コーチは大きく息を吐いた。

 「正直に言うぞ。望月には、無理だ。もちろん、挑戦することを否定してはいけないことは分かっている。でも、無謀すぎる挑戦を止めるのも、大人の仕事なんだ。セレクションに参加しても、周りのレベルが高すぎて自信を無くすだけだよ」

 「分かっています。でも、挑戦したいです」

 「その理由を聞いていいか」

 「プロになって、日本代表になりたいからです」

 「それだったら。都内の強豪クラブでもいいだろ。なんでわざわざ、福岡まで行こうとしているんだ」

 「池江がいるからです」

 「池江って…。あ、あの。もしかしてマリノスのMVP取った子か。確かに、来年入学してくる予定の話を、OB会で聞いたな」

 「はい。その池江です」

 「それで、その池江君と、何か関係があるのか」

 「池江は、今後もずーと、俺らの世代の先頭を走るんです。だから、先頭の近くにいたい。そして、隙があれば超えたいんです」

 「なるほど。だから、池江君が入学するから、自分も入学したい…。よりよい環境と刺激を求めたいと…。分かった。とりあえず、俺から白井先生に連絡は入れとく。そもそも、セレクションの枠が空いているかも分からないしな。それでいいか?」

 「はい。お願いします」



 「いやー。中学校なのに、こんなにグラウンドがキレイなんだな。高校は別で、三面あるんだってよ。凄いな文哉」

 今、柴崎コーチのお蔭で、福岡にいる。セレクションの日程が土曜日だったため、父親が一緒に付いて来てくれた。朝早くに飛行機に乗り、そのまま直接、学校までやってきた。父親には悪いが、グランドを見て興奮はしない。なぜなら、以前のやり直しで、何度か練習試合で足を運んでいるからだ。興奮する父親を引き連れて、セレクション会場の受付に行く。受付を済ますと、ゼッケンとプリントが渡された。プリントには、参加しているメンバーの名前と所属が書かれている。そして、各々が四チームに分けられ、それぞれのゼッケンの色が記されている。

 「五十人も参加するのか。凄いな。それでも、合格するのは十人ぐらいなんだろ。大変だな」

 「そうだね。しかも、ここにいるのはセレクション組。池江とかの、スカウト組は含まれていないね」

 「そっか。今日は文哉が話していた、池江君は居ないのか。残念だな」

 「そこは残念。でも、黄色組ヤバい。かなりラッキーかもしれない」

 プリントには、同じ黄色チームに興津の名前がある。それだけでなく、他にも将来的に名前の売れる選手がちらほらいる。

 「文哉は凄いな。こんな緊張する状況で、ラッキーなんて考えられて。お父さんの方が、持たなそうだよ」

 「父さんは、しっかりと日陰で座っていて」

 「分かった。思いっきり、楽しんできなさい」

 大きく首を縦に振る。そして、父親と別れて、黄色チームが集まっている場所に向かった。既に半分以上が集まっており、各々静かにストレッチを始めている。その中には、興津もいる。この頃の興津は、黒髪の上に坊主だ。そして、自分と同じくらい華奢。とても、将来180㎝越えのアスリート能力ガン振りのスピードスターになるとは、現時点で思えない。

 「よろしくお願いします。東京から来ました。望月です。ポジションはボランチと右サイドバック、両方できます。とりあえず、声だけは大きいです」

 全員がこちらを見る。いきなり挨拶をしたから、怪訝そうな顔をしている選手もいる。そんな中、興津が笑いながら立ち上がった。

 「僕、興津です。地元はここ福岡です。ポジションは右のワイドが得意です。足早いんで、スペースにボールください。よろしくです」

 興津に続くように、自己紹介タイムが始まった。現時点で集合している全員の紹介が一通り終わると、先程までが嘘のように、和気あいあいとウォーミングアップをする。とりあえず、作戦は成功である。ここにいる選手の中で、自分は一番下手くそだ。しかし、一番秀でているものもある。それは、中身が大人であること。だから、下手くそでも、大きな声で皆に指示を出して、チームをまとめる。今戦える武器は、キャプテンシーがある選手という評価しか無い。

 そして、その作戦は見事に成功した。セレクションに参加した日から三日後、家に合格の電話が来た。電話を取った母親だけでなく、父親もすごく喜んでくれた。そして、推薦した柴崎コーチが、腰を抜かすほど一番驚いていた。



 最終的な入学意志の確認が行われる面談が明日に控えた中、荷物の用意をしてると、両親にリビングに呼び出された。

 「やっぱり。お母さんは、文哉に福岡に行って欲しくない」

 「ちょっと待ってよ。いきなりそんなこと言わないでよ」

 「分かってる。分かってるんだけど。まさか、12歳で家を出るなんて、考えてもいなかったから。お母さん、凄く心配で」

 母親は、ハンカチで顔を抑えながら言う。父親は、軽く母親の背中を擦る。そして、自分を見る。その顔は、一度母親の話も聞いてやってくれと、優しく諭すような表情だ。

 「初めね。福岡にセレクションに行く、って聞いた時は。受からない可能性の方が大きい、って柴崎コーチに言われていたの。だから、なにごとも挑戦させてあげないと、って不安じゃなかったの。でも、いざ帰ってきたら、合格の電話が来て。その時はもちろん嬉しかったのよ。でも、まだ子供の文哉が、寮生活をしっかりやれるんだろうか。虐めとかに合わないだろうか。怪我したらどうしよう、とか。心配したら、不安になっちゃって」

 「俺、きっと寮生活、上手くやれると思うよ」

 だって、以前もやれたから。とは言えない。確かに母親は心配性なところはある。それでも、ここまで泣く姿を見るのは初めてだ。以前のやり直しでも、中学生から寮に入った。その時は、ここまで取り乱しはしなかった。

 「心配なのは、分かるけど。まぁ、大丈夫だって」

 「大丈夫って、何で言えるの!文哉が大変な時に、都内だったら良いけど。福岡だったら、簡単には駆けつけてあげられないんだよ」

 そういうことか。と思った。確かに前と違う点は、場所だ。以前は、関東県内だったため、車があれば、ある程度頻繁に行き来することができた。しかし、今回は九州だ。実際に、よほどまとまった期間でなければ、オフの日も帰省しないつもりでいた。おまけに、中学生の間は携帯の所持、利用は禁止になっている。

 泣く母親を前に、何て言おうか熟考する。色々と言葉が浮かび上がるが、最終的に、真っすぐな言葉でないと意味は無いと考えた。

 「母さん。寂しい思い、不安な思いをさせてしまって、本当にごめん。それでも、行かせてください。お願いします。俺、サッカーで成功したいんだ」

 母親は、分かっているわよ、と子供のように駄々をこねて泣き続けている。次の日、弟も連れて、家族全員で福岡に飛んだ。面談では、総監督である白井先生や、生活を面倒見る先生など多くの関係者がいる場で、入学の意志を伝えた。その場で母親は、何度も何度も頭を下げた。

 面談が終わり、学校の校門を出たところで、母親は自分の頭を撫でた。

 「文哉。あんな怖そうな先生居たり、寮もお世辞にはキレイとは言えないのに、ここでサッカーしたいのね」

 母親は人目を憚らずに、自分を抱きしめる。

 「逃げ出したくなったら、いつでも飛び出てきなさい。それで色々な人に怒られても、母さんが守ってあげるから」

 逃げ出さないと決めている。それでも、一度ぐらいなら甘えてもいいかもしれない。そういう気持ちが、顔を少し覗かせた。

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