第17話
少し散歩をしてくると母親に伝えて、家を出た。駅までやっている夏祭りの関係か、浴衣を着たカップルとすれ違う。日が落ちているというのに、夜でも気温は下がる気配を見せない。Tシャツの下で大量の汗を流しながら、公園のブランコに座る。
「調子はどうですか」
先程まで誰も居なかったはずのブランコに、岡さんは座っていた。
「良いですよ。将来の不安も無く、毎日遊んで暮らしてます」
「そうですか。その割には、あまりお顔は楽しそうではありませんが」
言われてしまったので、スマホのカメラ機能で自分の顔を確認する。
「俺って、いつもこんな顔してますよ」
「それで、用事はなんでしょうか。私に話があって、ここまで来られたのでしょう」
買ってあった缶コーヒー二つのうち、一つを岡さんに渡す。
「今回は、つまらなかった。何も我慢する必要がないのに、いざ沢山遊んでみても、つまらなかった」
「そうなりますよね。人間という生き物は、制約の中で最大限の利益を追い求めている時が、一番喜びを感じているそうです。なので、制約の無い中でダラダラ遊んでいたとしても、効果は薄いかと」
「それに。あと、今回気が付いたことがある」
「はい」
「人って、頑張っていないと、誰も応援してくれないんだな」
岡さんは、缶コーヒーを空けて、一口飲む。
「まぁ、サッカーも勉強も一生懸命やらなかったから、誰かに応援してもらえるとは思っていなかった。でも、両親との距離が遠くなったのは、地味に辛い」
「一番、望月さんのことを応援してきたのは、ご両親がですしね」
「はい。恥ずかしいと思うときもありましたが。いつでも二人は俺を理解してくれて、応援してくれました。でも、今回は二人を全く笑顔に出来なかった。自分の頑張りが、応援してくれる人の笑顔になる。それって、凄く幸せな事でよね」
「今更、気が付いたんですね」
岡さんは、少し呆れたように笑う。そして、遠くの方から、お祭りの太鼓の音が小さく聞こえてくる。
「岡さん。本当に今回は申し訳ございませんでした」
「本当ですよ。時間は有限です。大切にしてください」
「許してくれるんですか」
「許すも何も。望月さんの言った通りです。私は、お願いをしている立場であることは変わりません。ですが、私にも沢山の事情があります。お伝えできることが限られているのです」
「今でも、悲願とやらは、教えてくれないんですか」
「申し訳ございません」
「本当に岡さんは、何者なんですか。時間は戻せるし、勝手に現れたり、気えったりするし」
「それも、お伝えすることはできません。しかし…」
岡さんは自分の方に体を向ける。そして、語調を強める。
「私は。望月さんであれば、私の願いを叶えることができる。そう、信じています」
「何故、俺に拘るんですか?」
「私が叶えたい夢は、一万五千回のシミュレーションのうち、三回しか実現しませんでした。つまり、五千分の一。そこに到達できるのは、望月さんだけなんです」
「その確率が、大きいのか小さいのか。いまいち分からないですよ」
「人生は基本一回しかありません。だから、当たりがでるまで、五千回繰り返すのは無理です」
「確かに…。って、もしかして俺。その五千分の一がでるまで、やり直しさせられるんですか?」
「そんな事はありませんよ。次が最後です」
「え?」
「望月さんが挑戦できるのは、次で最後になります」
岡さんの表情を見るが、嘘を言っていそうな顔ではない。
「私も、かなり難しいことをお願いしている自覚はあります。それでも、可能性があれば、その可能性に賭けたいんです」
「その、もし、俺が次も失敗したらどうなるんですか?」
「元の時間に戻っていただきます。望月さんは、自分の意志で、やり直しをしている訳では無い。あくまで、私が勝手に巻き込んだので、被害は最小限になるよう配慮します」
「成功した場合は?」
「その時間に留まってもらいます」
岡さんの答えは予想したものに近かった。だからこそ、一番気になっていることを明らかにしたい。
「成功したら、報酬が欲しい」
「何でしょうか」
「美穂に会いたい」
岡さんの表情が柔らかくなる。そして、笑い出した。
「笑うこと無いだろ」
「いや、プロのサッカー選手になって、日本代表でもプレーする。それが、実質報酬みたいなものなのに。望月さんがそれ以上に望んでいるものが、愛している人に会いたいと」
「馬鹿にしているだろ」笑われたことで、自分の顔が熱くなるのが感じられる。
「そんな事ないです。むしろ、逆です。望月さんらしくて、嬉しく思いました。正直な所、美穂さん放置で、色々な女性と交流を深めていたので。薄情だなっと見下していました」
「それは…。何も言えない…。でも、ずーと美穂に会いたいという気持ちは本当にあったんだ。だけど、一度も会えなくて…」
「分かりました。絶対にとは言えませんが、お会いできるように、裏で動いておきます」
「ありがとう」
「では、十一歳に戻りますか」
「まだ、九月じゃないけど、戻れるんですか」
「はい。大丈夫です。では…」
「ちょっと待って!」
岡さんの腕を掴む。
自宅の部屋に戻ると、椅子に座って漫画を読んでいる岡さんがいる。
「どうやって入ったんですか。それに、誰か部屋に来たら、どうするつもりなんですか」
「細かい事を気にするのは、辞めましょう。ご両親への挨拶はいかがでしたか」
「はい。時間をくれてありがとうございます」
「それで、ご両親にはどんなことを言ったのですか?」
「流石に、十一歳に戻ります、って言うとヤバい奴なので。普通に、いつもありがとう。これらも頑張るって感じです。二人は、就活の話だと勘違いしていると思います。それでも、伝えられて良かったです」
岡さんは漫画を閉じ、机の上に置いた。そして、窓から夜空を見る。
「私。望月さんの、人に対する誠実さ。好きです」
「岡さんに好きって言われるの。気持ち悪いです」
「照れ隠しですか」
図星だったので、返事をしない。
「私は望月さんのこと、好きで、尊敬しています」
「ほぉ。どこに」
「誠実な所。そして、強い人である所です」
「俺が強い人?」
「はい。望月さんは強いです。人間、誰しもが挫折します。ほとんどの人が、そこから這い上がる事ができずにいます。しかし、望月さんは、何度でも立ち上がることが出来る」
「それは、岡さんにやり直しの機会を貰えたからであって」
「いえ。機会があるからと言って、誰もが立ち上がれる訳ではありませんよ。立ち上がれる人は少数。顔が地面に着き、泥まみれになっても、自分で立ち上がれる人なんて、ほんの一握りです」
岡さんに、ベッドに横たわるよう指示される。そして、瞼を閉じる。
「望月さんは、その一握りの頑張り屋です」
「あの岡さんから、頑張り屋と評されるとは、思ってもいなかった」
顔は見えないが、きっと岡さんは笑っている気がする。
「では、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
意識が次第に遠のいていく。次が最後の機会。時間は無駄にできない。最後の最後まで、努力をしなければならない。目標を達成したいなら。
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