四苦八苦
第14話
「おい、話が違うだろ!」
朝の公園には似つかわしくない、自分の大声が公園に響き渡る。目の前にいる岡さんは、視線も合わさない。むしろ、少し機嫌が悪いような表情を浮かべる。
「おい、聞いているのかよ。俺の話」
「はい聞いていますよ」
「だったら、どうして11歳に戻っているのか、説明しろよ。岡さんの願い通り、プロになっただろ」
「えぇ、プロにはなりましたね。でも実際は、プロ契約しただけでしたよね」
「は?なんだよそれ」
「それに…」岡さんは間を空けずに、言葉を続ける。
「私がお願いしていたのは、プロだけでなく。日本代表になってください、とも話しています」
「それは、プロになって、その後の話だろ」
岡さんは呆れたような表情で、首を横に振る。
「は?じゃあなにか、岡さんの願いは、あの時点で、プロにもなっていて、フル代表にも呼ばれていることか」
岡さんは今度は縦に首を振る。
「そして、あの親善試合にも、ボランチとして出場して欲しいです」
「嘘だろ…」
あまりにも衝撃的な難しさのゴール設定に、体の力が抜けて座り込む。そして、沸々と岡さんに対しての怒りが込み上げてくる。
「なんで最初から、そうはっきりと、やり直しのゴールがそうだって、教えてくれないんだよ!」
「こちらにも、色々と事情があるんです」
「事情ってなんだよ。知るかよそんなもん!…。無理だよ。流石に、それを叶えるのは無理だよ」
怒りが限界を超えたのか、唐突に涙が零れた。最初は少ししか流れなかった涙は、いつの間にか、大粒の水滴に変わっている。
「望月さん。私から言えることは、今回も頑張ってください、だけです」
岡さんはしゃがみ込み、自分の肩に手を置く。しかし、自分はその手を乱暴に振り払う。
「頑張ってください…て、頑張ってきただろうが!」
岡さんの胸倉を掴み、睨みつける。
「あんたに、意味不明な状況に放り込まれても、素直に頑張ってきただろうが。やり直し三回だぞ。三十年だぞ。俺が、三十年間、どんだけ色々なことを我慢して、苦労してきたか知っているのか?」
「はい」
「じゃあ、どうして、そんなに気軽に、また頑張れって言えるんだよ。それにさ、あんたは俺に、物事をお願いしている立場だぞ。俺が一度でも、プロサッカー選手になりたいから、やり直しさせてくださいって、言ったか?」
「言っていません」
「じゃあ、もっと俺のことを助けろよ。いつも、いつも勝手に現れて、勝手に消えて。なんだよ。妖精かよ」
「妖精ではありません」
「そんなこと、分かっているわ」
公園沿いの道では、登校している小学生達がチラホラ見え始めている。大きな声で泣き喚いているのに、誰もこちらを見てくる様子は無い。涙だけでなく、鼻水まで出始めた。
「俺、本当に人生かけてサッカーと向き合って、やっとプロになれたんだよ。凄く嬉しかったんだよ。あんた、そんな、うれしそうな俺を見て、どんな感情だったんだよ」
「今回も、私の悲願は達成できそうにないな、と」
「だから、その悲願ってなんだよ」
「それは教えられません」
「あんたは、ふざけてばっかりだ。もし、あんたが最初から、しっかりと目標を伝えてくれていたら、それに間に合うようにしたのに」
「相変わらず、負け犬根性ですね」
「は?」
「望月さんが泣いているので、少し引いていましたが、やっぱりイライラするので、言います。相変わらず、考えが甘いんですよ。最初から、目標が分かっていたら、間に合った?いやいやいや、人に目標を設定して貰いえないと動けない、受け身人間ですか」
無意識に体が動く。右手が岡さんの顎めがけて飛ぶ。しかし、簡単に避けられる。
「私がその気になれば、平和ボケしているあなたでは、指さえ触れられませんよ」
無様に地面に倒れた状態で、岡さんを見る。いつもの胡散臭い岡さんとは違う。まるで、自分より遥かに劣った生物を見る時の目をしている。
「とりあえず、こちらが言うことが出来ることは、伝えました。私は帰ります。また、頑張ってください」
岡さんは自分の横を歩き出す。そして、二・三歩離れたところで、止まってこっちを見る。
「それと、望月さんは頑張ってきたと言いましたが、まだまだ足りません。シンプルに努力不足です。自分が頑張り屋さんだと錯覚するのは、望月さんの悪い癖ですよ」
今まで生きてきて、一度も沸いたことが無い感情が、心を支配した。殺意。言葉では知っている。世の中にも溢れていることは知っている。それでも、自分は知らなかった。しかし、この男に対しては、その感情しか持てなかった。
「だったら、今回はサッカーしねぇよ。あんたの悲願なんか、知らねぇ。俺にはクソくれぇだ。どうせ、また10年したらやり直すんだ」
体を起こす。そして、体中についている砂を落として、歩き出す。もう絶対にあいつのためにサッカーなんかしない。そう固く誓う。涙が出ていようが、鼻水が出ていようが気にしない。小学校に向かう生徒たちの群れの中に入る。
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