第12話

 「トップチームの編成と話し合った結果。望月の昇格は無し、ということになった。上が気にしていたのはフィジカル面で、技術とメンタルに関しては評価している。だから、一度大学で…」

 昇格は無し。その言葉が衝撃過ぎて、それ以降のユースのチーフマネージャーの話は、ほとんど聞こえてこなかった。ここで、またまた~、とか。嘘ですよね?、とか。おちゃらけてみようかとも考えたが、選手と同じくらい。もしかしたら、選手以上にマネージャーの方が残念に思っている可能性を考慮して、素直に引き下がった。チーム内では、プロ契約に肯定的な大人と、否定的な大人が両方とも居た。色々な噂話がある中、マネージャーから個人的に呼び出されたことで、良い方の期待が膨らんでいた。それだけに、結果として自分の希望が叶わなかったのはキツイものがある。寮の部屋に戻ると、本来夕食の時間なのに、ルームメイトの新井あらいがまだ居た。新井がこちらを見ていることに気が付いているが、一度ベッドに顔を埋めるように倒れこんだ。

 「おかえり。まぁ結果はなんとなく察せるけど。どうだった?」

 「ダメだった」顔を枕から上げずに答える。

 「そっか。お疲れ。とりあえず、腹減っていると元気出ないから、食堂行こうぜ。今日はプリンある日だぞ」

 新井に軽く背中を叩かれる。このまま不貞腐れていても良いのだが、友人が気を使ってくれているのを無下には出来ない。重い体を上げて、部屋を出る。特に会話をする事無く、寮の一階まで下りる。こういう時に、何も話を振ってこない新井は助かる。食堂に入ると、高校三年生の集団が居る。そして、自分を見つけると、こっちに来いと手招きをする。

 「食事ぐらい、先に取って来させてよ」

 「用事は一瞬で終わるから良いだろ。で、結果はどうだった?」テーブルの全員が自分に注目する。よく見ると、全員食事が終わっている。なので、皆して自分を待っていたのだろう。

 「プロ契約してくれるって」

 「マジ!」食堂内が一気に騒がしくなる。隣の島にいた後輩達もこちらを向く。しかし、新井だけが冷静にツッコミを入れてくれる。

 「いやいや。嘘つくのは不味いって。望月」

 「何だよ。ウソかよ。びっくりさせやがって」

 数人にグーパンチをされる。まず自分が嘘をついたので、叩かれることを受け入れるが、地味に結構痛い。結果を聞き終わったので、数人が食器を下げに、立ち上がる。周りで聞き耳を立てていた後輩たちも、自分たちの世界に戻る。

 「まぁ。でもさ。まだまだリーグ戦も続くし、あまり落ち込みすぎるなよ。望月」

 「落ちこむって…。今回は、絶対にこのままプロになれるって、思っていたんだから」

 「いやいや、励ましておいて、こう言うのもなんだけど。なんでそこまで、上がれる自信あったの?正直、ボランチでの昇格はかなり厳しいって、ずっと言われてたじゃん」

 「池江が入ってくるからでしょ。関係ないよ。俺にとっては、Jクラブの下部組織にU15から入れて、U18まで上がれたという奇跡を起こせた。イコール、プロになれるというのは確定演出だったの」

 「だから、なんでそうなるんだよ」

 新井のツッコミを無視して、机に顔を伏せる。気が付くと、新井以外のメンバーは全員帰ってしまっている。その新井も、食事を取りに立ち上がってしまった。しばらく何もやる気が出ずにボーとしていたら、新井が自分の分の食事も持ってきてくれた。おまけにトレーにはプリンが二つ乗っている。


 「おーい。もう二十二時過ぎたから、照明落とすぞ」

 スタッフのおじさんの声が響く。自分も、はーいと返事をする。夕食後、とにかく気分をあげようとボールを蹴りに、寮に隣接するグラウンドに来た。19時過ぎには来ていたので、約三時間ほどずっと蹴っていたことになる。持ってきたボールの数と、手持ちの数が合っているか確かめる。もし差分がある状況で、照明が落ちてしまったら。地獄の暗闇探索が始まってしまう。温くなってしまったスポーツドリンクを一気飲みすると、不意に後ろから声をかけられた。

 「調子はどうですか?」

 後ろを振り向くと、そこにいたのは岡さんだった。

 「岡さん!え?どうやって入ってきたんですか?」

 「まぁ、そんな細かいことは気にしないでください」

 岡はそういうと、近くにあったベンチに腰を下ろした。安全上、寮には選手とスタッフ以外、入れないことになっている。両親でさえ、入口で受付を済ましてから、選手自身が迎えにいかないと、勝手には入れない。岡さんのような、胡散臭い風貌の人であれば、尚更気軽に入れないはずである。

 「というか、どうしたんですか?高校生の時に会えるのって、初めてですよね?」

 「そうですね。トップチームに上がれず、望月さんの心が折れていないか、心配になって来てしまいました」

 岡さんの顔を見る。本当に心配してくれているのか、少し顔色が良くない。

 「え、岡さんに心配されるって、怖いんですけど」

 「何が怖いんですか。相変わらず、私のことを何だと思っているんですか」

 「胡散臭い奴」

 岡さんの顔に、少し笑顔が戻る。

 「まだそれを言いますか。それで、実際のところ、心は折れていませんか」

 「心は折れていませんよ。さっきまで、気分は落ち込んでいましたけれど」

 「私の願いは叶えてくれそうですか?」

 「え、本当にどうしたんですか。いつもの岡さんなら、そんなこと言わないじゃないですか。問答無用に、叶えてくれって言うのが、岡さんでしょ」

 岡さんは、そうですねと呟く。その姿は、妙に元気が無いように見える。

 「正直に言うと。今回は、プロになれると思います」

 今度は岡さんが、自分の顔を見る。

 「その根拠は?」

 「俺、今回はプロになれるだけの努力を積み重ねています。つもり、とか。自惚れ、ではなく。本当に結構頑張ってます。だって、あの俺が、Jクラブの下部組織でレギュラーですよ。しかもトップチームの練習にだって、同期で一番多く参加している。凄くないですか?」

 「確かに、凄いです」

 「言い訳に聞こえると思いますが。昇格できなかったのは、運が無かったからです。クラブとしては、池江に高校二年のタイミングで内定を出してしまった以上。同級生で同じポジションの奴をもう一人取るのは、現実的ではない。俺が、その理屈を覆せるレベルでは無いことは認めます。でも、実力で昇格できなかったとは思っていません」

 「変わりましたね。強くなりました」

 岡さんは静かにそう言った。やはり何かがおかしい。今までの岡さんだったら、運も実力の内、と言ってくるはずだ。再度、何か事情があるのかと聞こうかと思った。しかし、聞いても、きっと岡さんは何も言わないだろうと思って辞めた。何も教えてくれないのはいつもだ。代わりに、自分から岡さんに伝えなくちゃいけないと思った。

 「岡さん、俺を信じてください」

 岡さんは一拍置いて、笑い出した。

 「そうですね。望月さんの言う通りです。私は望月さんの可能性に賭けたんです。最後まで、あなたを信じます」

 岡さんの顔には、いつもの笑顔が戻っている。岡さんは立ち上がり、では、と言って。いつも通り、一瞬で闇の中に消えた。相変わらず、岡さんとの時間は現実味が無い。急に現れて、急に消える。もしかしたら、あの人は妖精なのかもしれない。そんな冗談を思いつく。

 


 静まり返ったグラウンドの横の道を通り、寮の部屋に戻る。新井は既にベッドで横たわっていた。

 「お帰り」

 「ただいま」

 「どう、少しは気分晴れた?」

 「うん…。新井には、改めて宣言しておく」

 「おう。なんでも聞いてやる」

 新井は、芝居がかった返事をする。

 「俺、大学で成長して、絶対にプロになる」

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