第10話

 後藤監督が後ろを振り返り、自分を見た。

 「望月。あと五分後に入れる。なるべく早くアップして」

 着ていたビブスを脱いで、隣に座っていたチームメイトに渡す。ベンチから立ち上がった自分を見て、応援席から頑張れという声援が聞こえてくる。フィールド横のスペースで、コーチと短いパス交換を始める。しかしすぐに、コーチはパスを返すのを止めた。顔を上げてコーチの顔を見ると、ニヤニヤしながらこっちを見ていた。

 「何ですか」

 「いや、望月。鏡で今の顔見てみる?すっごく難しい顔をしているぞ。もしかして、緊張しているのか?」

 図星だった。コーチは肩の力を抜けと、肩を軽く上下に動かすジェスチャーをする。

 「緊張しますよ。だって、俺の人生初の全国大会の舞台なんですよ」

 「お、そうなの。じゃあ、楽しみだな。わざわざ沖縄まで来てくれた両親に、カッコイイ姿見せないとな」

 緊張しているというのに、なぜよりプレッシャーがかかることを言うのか。その後も軽くアップを済ませ、後藤監督の手を振る合図でベンチ前に戻る。

 「調子は?」

 「良さげです」

 「OK。じゃあ、ここで望月を入れる意図としては、このまま無失点で逃げ切りたい。相手の七番をとにかく抑えること。多少、攻撃面の貢献は低くて構わない。ボランチとセンターバックとの距離感を大切に。期待しているぞ」

 後藤監督は気合を入れるように、背中を強く叩いてきた。バチンという音が自分の体に響く。ボールがサイドラインを割った所で、副審が選手交代のボードを掲げる。赤色で2の数字が。緑色で17の数字が表示されている。スタメンで出ていたチームメイトが寄ってくる。入れ替わる際にハイタッチをすると、より集中力が増した。応援席から、選手交代の定番の掛け声が聞こえてくる。その中から、自分の名前を呼ぶ、父親のとびきり大きな声が聞こえる。



 試合終了の笛が鳴った。全国デビューは、十五分の出場で終わった。試合は最後まで自分のチームが守り抜き、勝利した。各々仲間とお互いに称えあったり、相手チームの選手に声をかけて励ましたりしている。クールダウン後に宿に戻り、試合後のミーティングが行われた。

 「とりあえず。皆、お疲れ様。そして、インターハイ一回戦、突破おめでとう」

 ミーティング室内に拍手や歓声が響く。

 「去年はここで負けていることを考えると、一歩前進だな。明日も試合があるから、しっかり休むこと。今の時点で、熱中症や体調に不安がある者は言いに来ること。じゃあ、最後に望月。初の全国記念に何か話すか?」

 後藤監督はいたずらっぽく笑い、話を振ってきた。どうやら、コーチが伝えたらしい。チームメイト達の好奇の目がこちらを向いて、恥ずかしさでいっぱいになる。絶対に顔が赤くなっているはずだ。だが、指名されてしまった以上は仕方がないと覚悟を決めて、前に出る。

 「えー。望月です」知っとるわ、と後藤監督に突っ込まれる。

 「監督の言う通り、初めての全国でした。出してくれてありがとうございます。意外と、落ち着いてプレー出来ていたと思います。ただ、指示があったとは言え、守りに意識が行き過ぎて、無難なプレーの選択が多かったのは反省点です。明日も試合に出て、勝利に貢献したいです。最後の夏。皆で一つでも多く勝ちましょう!」

 「良いスピーチ!」と後藤監督の拍手で、ミーティングは終了した。



 「おい!まだ、五分以上残っているんだぞ。せっかく年越ししたんだぞ。頂点まで行くんだろ。集中しろ!」

 疲れで足が止まりだしている。それでも、チームメイトに激を飛ばす。ただでさえ、昨日降った雪でフィールドは滑りやすい。前半から滑らないように神経を使ったことで、両チームとも体力が削られている。

 冬の高校サッカー選手権、三回戦。自分の記憶では、自分たちはここで負ける。しかし、後半のアディショナルタイムに入る時間帯になっても、試合はまだお互いに無失点。ギリギリの精神状態の中で、どこかに勝機が無いかと探す。そして、ラストワンプレー、試合会場に歓声があがった。



 「はい。ではインタビューを始めます。よろしくおねがいします」

 目の前に、テレビで見たことがあるアナウンサーが立っている。まずは後藤監督に、試合の総括的な質問がされる。次に、ゴールを決めた深沢ふかざわ、そして自分と順番に話が流れてくる予定だそうだ。

 「では、次に。決勝点のPKを決めた、キャプテンの深沢選手にお話を伺いたいと思います。最後の最後にPKのチャンスが巡ってきて、どんな気持ちで蹴りましたか?」

 「はい。一瞬、失敗するのが怖かったんですけど。チームメイトに後ろから励まされて、自信を持って蹴りました」

 深沢はハキハキと質問に答える。幼少期からインタビュー慣れしているだけあると、隣で感心する。

 「そして。そのPKを奪った、望月選手にもお話を伺おうと思います」

 勢いよく頭を下げる。頭を下げながらお願いしますと声を出したことで、最後の方は自分でも上手く言えていないと自覚する。そんな状況を、カメラの裏側で見ているチームメイトたちが笑う。

 「最後、一人でドリブルで駆け上がりましたね。PKを貰った時の心境は?」

 「自分たちも相手も、残り時間的にPK戦に意識が行きだしていたと思います。そのときに、たまたまルーズボールが転がってきて、プレッシャーもなかったので思い切ってスペースにドリブルしました。本当は、最後も抜き切ってシュートまで打ちたかったんですが、足が残っていなくて、倒されてしまいました。そこは、反省だなと思っています」

 チームメイトから、話が長いよ~、もっと簡潔に~、とヤジが飛んでくる。緊張で話がまとまっていないこと、早口になってしまった事も自覚している。一方で、インタビュアーのアナウンサーは、そんなことないですよ、と優しく励ましてくれた。

 「では、最後に。次の試合に向けての意気込みをお聞かせください」

 先程と同じように、最初は後藤監督、次に深沢。そして、再び自分に対してマイクとカメラが向けられた。

 「まず、自分の代でベスト8に残れたことは、誇りに思います。でも、まだまだ試合は続くので、慢心することなく、皆で最後まで戦いたいと思います」

 自分が全国の舞台でも主力としてプレーする。それは、自分が心から望んだことだ。それだけでなく、本来はベスト16で終わりの歴史を変えた。ベスト8に進めたという現実は、自分の行動が大きく関わった結果だと思っている。だからこそ、嬉しかった。誇らしかった。本当にここに来て良かった。心からそう思える。

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