第9話

「じゃあ皆、勝った試合の後こそ、しっかりと家でリカバリーや反省点の洗い出しをすること。では、解散」

 千葉県で行われた試合を終え、チームバスで東京に帰ってきたときには、既に二十時を回っていた。疲れた体に、ここから約一時間かけて家に帰るのは負担が大きい。半ば眠気に襲われながら、帰りの方向が一緒のチームメイトと電車に乗る。

 「そういえば、依田よだってフロンターレから声かかっているっぽい」

 「マジで?」

 「なんか、この前のフロンターレ戦でゴール決めたのが、良かったぽいよ」

 最近、レギュラー組の面々は次のステップとして、JクラブのU18や高校が決まりだしている。だからか、仲の良いメンバーや保護者同士の情報交換が活発になっている。

 「えー、でも試合全体で見れば、MVPは望月だった訳だし。それで依田の方が評価されるんだな」

 話題の中心が自分に向けられる。電車の心地良い揺れに意識が半分持っていかれていたが、頭を無理やり起こす。

 「うん。まぁ。あの試合はこの三年間で一番体が動いたかな。でも依田はうちのエースな訳だし。たまたまスタメンの俺より、継続的に評価されていたでしょ」

 「ていうか、最近調子良いよな。2点目の相手潰してからの、アーリークロス。あれ、結構ビックリした」

 「ありがとう。俺もそう思う」

 「調子乗るな」褒められたばかりなのに、理不尽に頭を軽く叩かれる。

 「でさ。望月はどこの高校行くの?」

 「まだ決めてない。そもそもまだJクラブも諦めてない。まぁ望み薄だけど、推薦して貰えるところがあれば、そこに行く。なければ、一般で入るかな」

 「望月の場合、頭良いから。最後の一般入学が、一番強豪校入れそう」

 肯定の意を含んだ笑いをする。ただ、自分は頭が良い訳では無い。中学生を経験するのは三度目だ。それで勉強で結果を出せない方が、難しいと思う。

 「焦るよな…。結構、皆決まりだしているし。あと少ししかない試合数の中で、レギュラー取って。アピールしなくちゃならない…」

 その後も、自分には焦りは禁物と言い聞かせて、必死に練習をした。しかし、レギュラー定着とはならなかった。



 Jクラブのセレクションは全敗。めぼしい高校からの特待生推薦の話もこれと言って無く、十一月を迎えた。残念なことに、中学最後の大会も、関東大会の二回戦で負けてしまった。この試合は、レギュラーメンバーの体調不良でスタメンが回ってきた。個人的には満足のいくプレーの出来ではあった。そしてなにより、このチームの公式戦で初のフル出場だった。その試合の次の練習の後、監督にミーティング室に呼ばれた。

 「お疲れ。この前の試合で、アフター気味にファール受けたけど、問題なさそうだな」

 「はい。特に痛みとかは残っていません」

 「それは良かった。で、今日呼んだ理由なんだが、望月はまだ高校決まっていなかっただろう」

 「はい」

 「実は、紹介したい高校がある」

 監督と自分を隔てる机の上に、封筒が置かれた。中を確認すると、学校のパンフレットが入っている。

 「来年から、そこの高校の監督を、知り合いがやることが決まった。そして、本人から守備力のあるSBを探しているという相談を受けていてな。私的には、その話を聞いて、望月が思い浮かんだのだが、どうだろうか」

 まず、パンフレットに記載されている高校の名前に驚いた。そして次に、監督への感謝の気持ちが出てきた。良い選手は早ければ夏前。遅くとも夏の終わりには次のチームや高校が決まっている。そして、その良い選手を獲得できるのは強豪校のみだ。それ以外の高校は、その選考から漏れた選手の中で、やりくりをしなければならない。監督はまだ進学先が決まっていない自分を、そういう高校にどうにか売り込もうとしてくれている。

 「嫌か?とりあえず、練習に参加してみて。一度、相手方にプレーを見てもらうのは、良いことだと思うぞ」

 「嫌じゃないです。むしろ、この高校。現状、第一志望でした」

 「本当か?」監督は、少し安心したような顔になる。

 「はい、なので練習参加の話は、自分にとっても、願ってもない機会です。ぜひよろしくお願いします」

 話はすぐに進み、次の週の土曜日には練習に参加することが決まった。



 「つまり、特待生として、この高校に入れるって話か?」

 父親は学校とサッカー部のパンフレットを読みながら、確認してくる。

 「うん。流石に、フル特待とはいかなかった。だから、入学金と授業料一割免除だけ。ごめん」

 「何を謝っているんだ。そうか、あの文哉がサッカーで特待生とは」

 父親は嬉しそうに笑ってくれた。

 「文哉としては、この高校で良いのか?」

 「うん。むしろ、ここが良い。来年から総監督になる、後藤さんって人がいて。この人がかなり良い指導者なんだ」

 サッカー部のパンフレットに載っている、後藤監督の顔写真を指差した。

 「へぇー。元プロなんだ。その前までは、Jクラブの育成年代で指導歴ありと。そんな人から声がかかるなんて、凄いじゃないか」

 「うん。俺的にも、結構凄いことだと思っている」

 実際に後藤監督は凄い。その凄さは、前回のやり直しの時に、身を持って経験している。就任先の高校は都内の立ち位置としては、古豪として有名ではあった。一方で、現状は七・八番手であり、ここ十年間は一度も全国には行っていない。ただ、後藤監督の就任で、一気にトップスリーにまで躍り出る。特に、三年後。つまり、自分が高校三年時には、インターハイと選手権で、ともに東京代表としてベスト16に入る。前回のやり直しで、高校最後の試合相手が後藤監督率いるこの高校で、ボコボコにされた。

 「ここに入って、レギュラー取れれば。全国も夢じゃない。でも、申し訳ないんだけど…。部活の費用が遠征費やらで、今までよりも高くなってしまいます。お願いしてもいいですか」

 父親に対して頭を下げる。父親は肩を軽く叩いて、顔を上げるように言う。

 「確かに高いな。でも文哉が頑張るって言うのであれば、喜んで応援するよ。ただ…」

 「ただ…?」

 「また家から遠い学校選んだなー。今のチームも、電車で一時間以上かけて通っているだろ。試合の応援に行くの、一回一回大変なんだよな」

 「だから、わざわざホームだからって。試合の応援来なくて良いよ、って言ってるじゃん」

 「いやいや。父さんとお母さんが、行きたいの。その為に車を買ったんだぞ」

 確かに、中学に入ると父親がミニバンを買ったきた。いままでの人生の中で、自宅に車があることは初めてだった。小学生の時に、なぜうちは車が無いのかと、父親に聞いたことがある。父親は、都内であれば交通機関も発達している。車が無くても困らない。おまけに維持費もかかるからと言っていた。

 「あと、これはいつも言っていることだけれども。サッカーのために高校に行くとしても、勉強は疎かにしないこと」

 「それは分かっている」

 素直に返事をする。

  次の日の朝、リビングに入ると、ソファで寝ている父親を見つけた。母親曰く、昨日の夜は遅くまでご機嫌で晩酌をしていたらしい。確かに、夜遅くまでリビングから両親が会話している音が聞こえていた。

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