第7話

 「それでは。松尾ゼミの四年生全員が、内定を貰ったことを祝して。乾杯!」

 乾杯、と自分も声を出し意気揚々と生ビールのグラスを上げた。そして、四年生全員で松尾先生に感謝の言葉を述べていく。最後に川辺かわべが話終わると、飲み会は開始された。

 「やっと、就活終わったー!」

 隣に座っていた川辺は、ビールを一気に飲み干す。再度お疲れと伝え、川辺用の生ビールをもう一つ注文した。

 「でもさ、望月。GWあたり早々に、出版社や食品メーカーと大人気の大手企業の内定をサクって貰いました。しかし、それでも飽き足らず、夏休みにインターンに参加した外資コンサルからも内定貰って就職ですか。はぁー、勝ち組なこって」

 「なんで既に酔っているんだよ」

 そうツッコミを入れると、後輩達が会の三時間前には川辺から集合がかかり、別の居酒屋で飲んでいたことを教えてくれた。

 「就活に有利なのは、体育会系、人気ゼミ出身、成績優秀と以前からよく言われていたことだけど。望月はその全てを持っていて、まざまざと威力を見せられた感じだぞ」

 「まぁ、サッカー部はおまけみたいな感じだけどね。結局一度も、選手としては公式戦も出てないし」

 「あれだっけ、途中から学生コーチになってるんだっけ?」

 「そう。しかも二年生からだから、正直体育会系の力はほとんど無いと思われる」

 「でもさ、そうやって組織内で別の役割を受け入れて頑張れるって、凄いことだと俺は思うよ」

 「そうですよ!望月先輩は頑張り屋さんで、凄いんです!」

 酔っぱらった川辺の言葉を全肯定するように、田所たどころが会話に入り込んできた。

 「田所ちゃん。相変わらず可愛いね。あ、このまえの報ステ10のお天気コーナー見たよ。すっごく良かった。本物のアナウンサーみたいに聞き取りやすかったよ」

 川辺は自分の右肩あたりを掴んできた。そして、痛みを感じるくらい力を入れてきた。

 「ありがとうございます!そんなことより、望月先輩は凄いんですよ!」

 「そうだね~。望月はイラってくるぐらい凄いね。で、田所ちゃんは相変わらず、この男が好きなの?」

 「はい、好きです。望月先輩。いつになったら付き合ってくれますか?」

 田所を見て鼻の下が伸びている川辺の力がより強くなる。ほとんどつねっている、と言っても過言じゃないレベルになった。

 「冗談言うなよ。折角お天気キャスターデビューしたのに、男関係の情報なんか出まわったら、事務所に怒られるでしょ」

 「大丈夫です。うちの事務所は、彼氏NGは無いです」

 周りの男性陣からの視線が強くなる。そして、川辺があからさまな咳払いを一回して、質問してくる。

 「田所ちゃんさー。そもそも何で望月のことが好きなの?同じ高校だったってことは知っているけど」

 「それはですね。私が高校一年生の入学式のときに…」

 田所は思い出を語り始めた。既に自分は、この話を田所の口から教えてもらっている。ただそのエピソードの幾つかは、身に覚えが全くない。

 「…。ということで、チームを引っ張る姿に私は恋をしました」

 田所の熱のこもったエピソードトークが終わると、女性陣からは拍手が起こった。一方の男性陣からは殺意のプレッシャーが感じられ、しまいには川辺に掴みかかられた。そして、顔のギリギリまで近づいてガンを飛ばされた。

 「で、当の本人、望月先輩は~。こんなに可愛い子に一途に思われていて、何でお付き合いしないのですか~‼」

 「いや、その。今聞いて貰った通り、田所の話ってさ、ちょっと現実とは違ってるんだよね。なんか、所々田所の妄想というか、願望が混ざっている感じ」

 「どこが?」

 「例えば、プロになれる実力があったとか。高校トップクラスで上手だったとか」

 「別に変じゃないだろ。うちの大学は毎年プロを輩出しているんだから、そこに入部できた時点で、望月もそのレベルだったってことだろ」

 「そんなレベルじゃ無かった」

 「いや、そのぐらいのレベルでしたよ」

 田所は否定を否定で返してくる。

 「無かったんだよ。最初からそんな実力なんて」

 田所のさらなる擁護が出てこないように、少し語気を強める。

 「田所は、俺の高校時代を美化し過ぎてる。もちろん褒めてくれるのは嬉しいのだけれども、俺はそんなに上手じゃないよ」

 「でも、大学でもサッカー部に入ったのは、やれる自信があったからですよね」

 「うん、あったよ。でも最初からレベルの違いに苦しんだよ。サッカーの技術だけでなくて、そもそも体の強さとか全部違った。俺は所詮中高の弱小チームで、少し都大会で勝っただけ。一方で、周りは小学生の時から全国大会に出て。上手い奴らのなかで、どうやって更に一歩抜け出すのか、って考えて戦ってきてた奴ら。そんなやつらと、同じ土俵で戦えるはずが無かったんだ」

 「でも…」

 


 「つまり、勝手に絶望して、諦めてしまった。とんだ腰抜け野郎だ」

 いきなり田所ではない、低い声が隣の席から聞こえてきた。聞き覚えがある声だなと思いそちらに目をやると、あの男性が座っていた。久しぶりかつ予想だにしなかった再会に固まっていると、男性は呆れたような口調で話始めた。

 「望月さん。十年もたったのに、まだ負け犬根性が染みついた顔してますね」

 「ちょっと、なんてこと言うんですか」

 田所は間を開けずに、大きな声を出した。

 「私は事実を言っただけですよ」

 男性は十年前と、ほとんど容姿が変わっていない。お調子者というイメージがあった男性であるが、今は見下したような冷たい目で自分を見てくる。

 「負け犬根性ですか?これでも結構自分なりに努力して、色々経験して、自信を持てるようになったつもりですが」

 「望月さん。あなたは私がお願いしたことを、一つも達成してくれていませんよ」

 「確かに。でも、自分なりに努力はしました」

 「はぁ。負け犬ですね。自分なりの努力?周りのレベルの高さに心折れて諦めたくせに、笑わせないでください」

 「ちょっと、それ以上言うのは辞めてください」

 田所が仲裁に入ろうとしてくれているが、男性は全く意に介さず、自分を睨みつけてくる。

 「私が望月さんにお願いした事。もう一度、口に出して言ってください」

 「プロになること」

 「はい、そして日本代表でプレーすることです」

 男性はそう言いながら、居酒屋内にあるテレビを指差す。丁度、日本代表が親善試合を戦っている様子が中継されている。

 「そのどれも、望月さんは達成できていない。なぜですか?答えは簡単です。努力が足りていないから」

 男性は鬼気迫る様子で責め立ててくる。

 「言いたいことは沢山ありますが、とりあえず今はこのぐらいにしましょう。次はしっかり頑張ってください」

 男性はそう言い残すと、席から去って行った。自分たちのテーブルの空気は最悪になっている。対照的に、事態を察知していない教授が座るテーブルからは、陽気な笑い声が聞こえてくる。こちら側のテーブルはただただ静かになってしまった。

 「皆ごめん。なんか俺のことで気まずくなっちゃって。俺、今日は帰るよ。多めにお金置いていくから、皆は楽しんで」

 財布から一万円札を二枚取り出して、机に置く。自分のバッグを背負い、席を外した。

 「じゃあ、私も帰りますね」

 田所が立ち上がると、川辺もそうした方が良いと賛成した。

 


 店を出ると、九月というのに夏の気配がまだ残っていて、暑い。ただ、その暑さとは関係なく、洋服の下は汗をびしょびしょに搔いている。田所は何も言わずに、自分の隣を付いてくる。

 「ごめんな。せっかくの飲み会なのに、楽しい雰囲気を壊して」

 「私は構いませんよ。それよりも、こうして二人の時間を作る口実が出来て、ラッキーです」

 「そう言ってくれて、ありがとう」

 田所は微笑んで、自分の左腕にしがみついてくる。

 「あの人と先輩が、どんな関係かは知りません。でも一つ言えることは、先輩が努力不足なんてことは絶対にありえません。先輩は真面目で一生懸命が取り柄なことを、私は知っています。だから、好きなんです」

 「ありがとう」

 お礼を言うと、田所の手が自分の手と重なった。その後コンビニに寄り、自然と田所の一人暮らしの部屋にお邪魔することになった。田所は何度も、部屋が汚いことを念押ししてくる。実際に部屋に入ると、大学の授業の教科書やレポートが散乱していた。田所が適当に掃除をしている間、シャワーを浴びるように指示される。シャワーから出ると、布団の上とリビングにスペースが出来上がっていた。コンビニで買った服に着替える。田所は自分のシャワーを待っている間、布団で寝ていて構わないと言う。お言葉に甘えて、少し横になると良いにおいがする。このにおいを嗅いでいると、急に眠気に襲われた。ウトウトしているなか、不思議なことに、この十年間の思い出が頭の中を駆け巡った。

 確かにあの男性の言う通り、目標は何も達成出来なかった。でも、以前より確実にサッカーと向き合った。良い大学にも入り、良い企業にも就職できる。おまけに、ミスコンに選ばれてお天気キャスターデビューした、可愛い後輩から言い寄られる。

 「これ以上ないぐらい、俺の二回目の人生は順調で最高だ」

 つぶやくと、体の力が抜けて意識が遠のいた。


 「痛い!」

 目覚めと共に、額に何かが強く当たった感触がある。当たってきたものを手でよけて、改めて見る。四歳年下の弟の足だった

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