第6話

「都内一の進学校でありながら、冬の高校選手権大会、東京都予選で昨年はベスト16。そして今年はベスト4と確実に力をつけていますが、その要因はどこにあるのでしょうか?」

 監督は複数の記者に囲まれて取材を受けている。先程、準決勝を戦い終えた自分たちは、退散の準備をしている。試合は3-1で負けてしまった。幸先良くフリーキックで先制したものの、その後は全国大会常連の相手チームの圧力に屈して、守備が崩壊してしまった。応援席から、自分の名前やお疲れという声が聞こえてくる。応援席の方に目をやると、アマチュアの試合とは思えないほど人が詰めかけている。実際に、スポーツ推薦が無い都立進学校が二年連続で快進撃を披露したことは、学校関係者だけでなく、卒業生や新聞社、おまけにサッカー専門雑誌までも興奮させた。

 「あれ、絶対にナベせんは、教育者として~とか、効率を重視して~とか、話しているよな」

 藤代ふじしろは、明らかに浮足立った様子で取材を受けているナベ先こと、監督の渡辺わたなべ先生をからかった。

 「何も問題ないでしょ。実際にここまでチームが来れたのは、ナベ先の情熱があってこそなんだから」

 「いやいや。ナベ先のおかげも、もちろんある。でも最大の要因は俺ら二人でしょ!って、望月無視するなよ!」

 藤代のお調子者が発動したので、バッグを背負い会場の出口へと移動を始めた。藤代は追いかけてくる。すると、後ろから後輩の山田が藤代が更に増長するような発言をかます。

 「俺も、マジで二人のおかげだと思いますよ」

 「山田!お前は良くわかってる!」と藤代は山田の肩に手を回す。

 「正直俺らの代も含めて、都立にこれだけのメンバーが揃ったのは、先輩にお二人がいたからですよ」

 「そう、天才の俺らがな」

 「分かったから。あんまり大きな声で天才・天才を連呼するなよ。俺も同じように考えられていると思われたら、困る」

 「良いじゃん、望月~」

 「良くない」

 不用意に体を密着させてくる藤代の腕を強引に引きはがす。


 

 次の日。教室で広げた新聞に載っていた監督の取材記事は、藤代の予想をはずれたものだった。

 「なになに。快進撃の要因について聞かれた渡辺監督は、キーマンの二人の存在を強調した。そして、その二人が最高学年の今年が、全国に行ける最大のチャンスだったと語る…。ってナベ先、どんだけ俺らのこと愛しているの!」

 「まさか本当に言うなんて、驚きだよな」

 藤代は新聞をニヤニヤしながら読み進めている。その横顔を見て、とてもサッカーを辞めようとしていた奴には見えない。

 藤代とナベ先との出会いは高校入学の初日だった。入学式やクラスでのオリエンテーションが終わり、帰ろうと教室を出たところで、担任に声をかけられた。サッカー部の顧問の渡辺先生が会いたいらしいから、このあと教員室に行ってあげてと。明日には挨拶しようと考えていたので丁度いいと思い、言われた通り教員室に向かった。中に入ると、サッカー部というジャージを来た先生が目に入ったので、恐らく渡辺先生だと思いそちらに向かう。先生の横には、自分と同じ色のネクタイを身に着けた生徒が立っている。

 「お、望月君も来てくれたか。ありがとう」

 渡辺先生は近くにあった椅子を引っ張て来て、座るように促した。

 「二人そろったから話を始めるけれど、もちろんサッカー部に入ってくれるよね?」

 第一声がそれである。自己紹介さえしてくれないが、この人が渡辺先生として自分も話を進める。

 「はい、俺はそのつもりです」

 「良かった!藤代君は?」

 藤代と呼ばれた少年は、少し視線を落とした。

 「いや、高校ではサッカーやるつもりは無いです」

 「なんで‼」ナベ先は教員室に響く程の声とともに、立ち上がった。

 「ユースに上がれないって分かった時点で、もう辞めようと思っていたんです。この半年勉強ばっかりやっていて、ボールもまともに触っていないです」

 こいつJの下部組織出身で、うちの高校の入試も突破したのかと感心する。

 「その程度なら問題ないだろ。またボール触り出したら、感覚は戻ると思うぞ」

 「そんな簡単に言わないでください。とにかく俺はサッカーをやらないって決めたんです」

 「どうして?」

 「プロになれないなら、やる意味が無いからです。それに、もうサッカーをやらないって決めたから、サッカー部が弱い進学校に必死こいて勉強して入ったんです。だからやりません」

 「いや、やろう」と渡辺先生は、藤代の話を聞く様子は無い。

 「俺はな、自分が監督のサッカー部が全国大会に出るのが夢なんだ。だからプラチナ世代と呼ばれたチームの選手が目の前にいて、本人が嫌だと言うからって、ハイハイと引き下がる訳にはいかない」

 「藤代って、あのマリノスの藤代か」

 プラチナ世代と聞いて、隣にいる少年がその中心メンバーの一人であることに気が付き、つい声が出てしまった。世代別の代表に縁もゆかりも無いとはいえ、同世代が世界で活躍したという話は嫌でも入ってくる。

 「あぁ、元マリノスだけどな。先生の夢には申し訳ないですけど、俺はやりません。それにここだと、選手も碌にいないので、全国なんて夢のまた夢ですよね?」

 「そうだな。ただ俺は藤代君と望月君がいれば、うちも全国にいけるチャンスがあると思っている」

 「え?」

 同時に藤代と自分の声が出た。そして、お互いに顔を合わせた。藤代は分かる。今絶賛自信喪失中ではあるが、元々エリートだ。ただ自分は違う。

 「お前、凄い奴なの?」

 「いや、そんなこと無いと思う」とすぐに否定する。

 「いや、望月も凄い選手だぞ。なんていったって、去年の全中の東京予選で部員たった15人の中学校をベスト8まで連れていったキャプテンなんだから。」

 「あはは。あれは色々と運が重なって」

 「運でも結構。運も大切。俺は望月の試合を見て、中学生でこんなにキャプテンシーを発揮できる子がいるんだって感動したんだ。そして、まさかこの学校に来てくれた。おまけに何の神のいたずらか、天才もいる。俺はこの運を存分に生かしたい。お願いだ力を貸してくれ」

 渡辺先生は、バラエティの告白シーンでよく見るような、頭を下げて手だけが上がっている状況になっている。こちらこそお願いしたい気持ちがあるので、快く手を握り返した。しかし、藤代はそのまま教員室を去っていった。

 結局すぐに入学した自分と異なり、藤代が入部したのは六月の中旬だった。ナベ先と藤代の二人の間に、どんな青春ドラマが繰り広げられたのかは知らない。入部してくると、藤代は教員室の時とは打って変わって、別人のようにチャラい雰囲気になっていた。そして、とんでもなくサッカーが上手かった。



 「でさ、明日から部活は引退だけれども、望月はサッカーどうする?」

 「どうしよっか」

 「どうしよっかって、もしかして辞めるの?」

 「辞めないつもりだよ。ナベ先曰く、大学から推薦の話もいくつかきているらしいから、大学でもやる予定」

 「お、いいじゃん。で、どこ行くよ。」

 「いや、推薦は全部断るつもり」

 「え?なんで勿体ない」

 「想像より、サッカーだけじゃなくて、勉強も頑張ってきたから、最後までやりきって、一般で入ろうと思ってる」

 「カッコイイ!じゃあ、なんでそんな暗い顔するんだよ」

 「藤代にも言っていなかったけど、俺プロ目指しているんだ」

 「うん」

 「でもさ、中学では全国にいけず、ユースの入団テストも全部落ちた。結局高校も全国行けず。俺全国どころか、上のレベル童貞なんだよ」

 「童貞って…」

 「そんな俺が、大学まで行ってプロになれると思う?」

 藤代は机から立ち上がって、教室の黒板の前に行く。そして、チョークで文字を書き始めた。周りの生徒も、藤代は何やっているのだろうかと、興味深そうに見ている。黒板には大きく『夢は叶う』と、下手くそな字が書かれていた。

 「俺も望月に言っていなかった。そしてせっかくなら皆にも伝えようと思う」

 藤代は自分から、皆の注目を促した。

 「実は、J2のチームからオファーを貰った。今の監督がU12の時の日本代表の監督で、チャンスくれるって」

 周りからはおめでとう!やら、プロとか凄いじゃん!という声が上がった。

 「俺はプロになれないならと、サッカーを辞めるつもりでこの高校に来た。でも暑苦しい先生とクソ真面目な同級生に付き纏われて、結局サッカーしてしまった。そんな俺でもプロになる道は開いた」

 藤代は教壇を一度叩いてから、こちらに戻ってきた。

 「このオファー受けようと思う。だから、お前も大学でもっと上手くなって、Jリーグで一緒にプレーしようぜ。俺の答えは、お前ならいつかプロになれる」

 藤代は自分を抱きしめた。こんなことを言ってくれる友人がいるなんて、なんて幸せなのだろうか。そして、この相棒がプロに行く。確かにエリートの藤代と自分とでは、天と地ほども違う。それでも、このまま行けば自分もプロになれるかもしれない。その希望を抱かせるぐらい、相棒がプロに行くという事実には意味がある。ここまで来たんだ。自分が思っているより、ゴールは近いのかもしれない。

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