第5話

 幼少期に戻るという奇天烈な現象に巻き込まれてから、約一年程が経った。そして、地元の中学校に進学したわけだが、仮入部の初日で後悔した。自分が前の人生でなぜ中学でサッカーを辞めたのか、それを思い出したからである。

 「えー、一年生は基本練習の準備を全部してもらうので、必ず二・三年生より早くグラウンドにくること。あとは、うちはレギュラーじゃない下級生は、練習中全員球拾いだから」


 「後輩は先輩のパシリって、昭和か。先輩面するなら、せめて地区大会で一位抜けするぐらい上手であってくれよ」

 「モッチー、そんなこと言ってやばいって!先輩に聞かれたらどうするの?」

 部活の無い平日の放課後。神戸に不満をぶちまけてみた。

 「どうもしないよ。先輩たちはクソだけど、悪口聞いたからって虐めとかはしてこない。万が一虐めでもして、それがバレて内申に響くようなら損をするのは先輩たちだし。この学校、虐めに対しての処分は結構しっかり対応するので有名らしいよ」

 「そうだけど…。とりあえずさ、一年の間は我慢して静かにしてよう。来年は僕たちが二年生になるわけだし」

 「自分たちが二年生になったら、このバカみたいな伝統を変える?」

 いじわるな質問を神戸に投げかける。

 「そう、そうしよう!自分たちがやられて嫌だったことは、他の人にしない。すっごく大切なことだよね」

 無理だよ。心の中で神戸の言葉を否定する。以前もそうやって、自分自身を励まして一年生を過ごした。部活の仲間にも、自分たちの代からは後輩に同じことするのは辞めようと呼びかけた。しかし返ってきた言葉は、「なぜ?」や「嫌だ!」だった。そして次の一年生が入ってきた初日。委員会の仕事で部活に遅れて参加すると、自分たちが言われて嫌だった言葉、されて嫌だった状況を、自分たちの代も再現していた。そんな状況に嫌気がさして、二年生からは卓球部に転部したのだ。

 「でも、今回はこのままじゃ駄目だよな」

 前回と同じく、地元の中学に入学するという選択をした自分が一番悪い。正直、中学に入って過去を思い出した時、一週間ほどウジウジと後悔した。ただやってしまった以上は仕方がない。これから挽回する策を考えなければ。


 「ということで。柴崎コーチ。中学校の部活でコーチやってくれませんか?」

 「かなり唐突な相談だな」

 「はい。神戸とも一緒に考えたんです。状況を変えるには、部活の雰囲気を変えること。雰囲気を変えるには、先輩中心の部活動運営を変えること。そしてそのためには、大人に関わってもらう必要がある、って」

 「うーん。部活だったら顧問の先生がいるだろ。なんで先生には頼まないんだ?」

 「頼みました」

 「結果は?」

 「顧問の先生はサッカーをやったことが無いんです。だから、部活にも滅多に顔を出さないですし、言われても困るって」

 「あぁ、公立学校の部活動だとよく聞く話だな」

 「一応、先生もどうにかするって、言ってはくれています。でも、それだったら、信頼している大人に頼ろうと思って相談に来ました」

 信頼している大人、という言葉が効いたのだろうか。柴崎コーチは、先程よりも真剣に考える素振りをしてくれている。

 「話はだいたい分かった。ただ、俺も本業と少年チームのコーチと結構忙しいんだよな。それに加えて、中学校でコーチをするとなると時間も体力も足りなくて。本当に申し訳ないんだけれど、かなり難しい」

 柴崎コーチは子供である自分に頭を下げた。少年チームのコーチでさえ、完全に厚意からのボランティアでやっていることを知っている。そこに加えて、さらにボランティアをやってくれなんて虫が良すぎる。だから、最初からダメ元での相談だったので仕方がない。柴崎コーチにお礼を言って、帰宅した。最終手段としてはサッカースクールのコーチに相談することも考えている。ただ、あそこにいる人たちこそ、サッカーを教えることでお金をもらっている人たちだ。ボランティアなんて、絶対に受け入れるはずが無い。結果的にコーチの話は一向に進まず、ただただ自主練に明け暮れる日々が続いた。


 状況が変わったのは、夏休みの途中にかかってきた柴崎コーチからの電話だった。

 「望月、前に部活のコーチ探しているって言ってたよな。高校の後輩にその話をしたら興味を持った奴がいて、今度会えるか?」

 二つ返事で快諾した。その週の日曜日、待ち合わせの約束をした駅ビルのカフェに行くと、既に柴崎コーチがいた。そして、隣には大学生ぐらいの青年が座っている。

 「柴崎コーチ。お待たせしました」声をかけると二人がこちらを見る。そして青年にも挨拶をする。

 「望月文哉です。今日は時間を作ってくれて、ありがとうございます」

 「大前です。こちらこそありがとう」

 大前と名乗った青年は手を差し出したので、自分も手を出し握り返した。

 「で、望月が俺に相談してくれたコーチの話って、まだ誰も決まっていないんだよな?」

 「はい、正直決まる雰囲気も無いです」

 ストレートな物言いに柴崎コーチが笑う。そして隣にいる大前さんが話し出した。

 「その話。俺が引き受けられないかな。まだ、大学生だからボランティアで全然構わないんだけど」

 「ありがとうございます!」食い気味でお礼を言う。

 「でも、大学は大丈夫なんですか?単位とか」

 「もう四年生だから、単位はほとんど取ってあるから大丈夫」

 「あとは…。柴崎コーチから聞いていると思いますが、俺の中学のサッカー部、凄く弱いし、部内荒れていて、結構最悪ですよ」

 「あはは。知ってる。柴崎君から聞いているから、それも大丈夫。むしろ去年から学生コーチやってて、別の刺激を欲していた所だったから。そのぐらいの方が、やりがいがありそうで楽しみ」

 「学生コーチって大学の部活内で、ですか?」

 「そう。一応最初は選手として入部したんだけど、怪我を繰り返しちゃって。だったらコーチになろうと思って、志願して三年生から変わったんだ。」

 「柴崎コーチとは高校の後輩って聞いてますが、見た目的に結構離れていませんか?」

 「おい、望月。それは俺が老けてる、って言いたいのか」と柴崎コーチが横から入ってくる。そのやり取りを見て、大前さんも笑う。

 「まぁ、柴崎君と公式戦で一緒にプレーしたことは無いかな。柴崎君が高校三年の時に、俺は中学三年だから、歳としては3つ違い。俺らの学校、中高一環でサッカー部のつながりも強いのはあったから、存在は認識しあってはいたけど。この前、同窓会で久しぶりに挨拶したって感じ」

 二度目の人生に戻ってきて一番驚いたことは、柴崎コーチの経歴だった。柴崎コーチの中高の母校は、毎年のようにプロを輩出する超名門だった。普段の風貌やコーチングのいい加減さから、青春をサッカーに打ち込んでいたとは、申し訳ないが露にも思っていなかった。ただ、今回はその柴崎コーチのおかげで、同じく名門校出身のコーチを紹介してもらえることになったので、感謝してもしきれない。こんな好条件の人材はこの先、絶対に巡り会えないだろう。

 「絶対に、コーチをしてもらえるように顧問の先生を説得します。なので、本当によろしくお願いします!」

 全力で頭を下げる。少し声が大きかったのか、周りがこちらを見ている気配を感じる。ただそんなもの気にならない。


 次の日、朝早くから校門で顧問の先生を待ち伏せした。そして、コーチを見つけたことを伝えた。その後、何度か大前さんと学校側で話し合いが行われたそうだが、すぐに夏休み明けからコーチとして来てもらえることが決まった。嬉しいことに、顧問の代わりに練習に大人が付き添えるということで、今までは週二回の練習日だったのが、週三回に増えることも決まった。

 二年生は、受験で三年生が抜け、今度は自分たちの天下だと楽しみにしていたらしい。だが、大前コーチが来たことで、その野望は叶わなかった。そのためか、冬の時期には二年生の半分程が抜けるというハプニングもあった。ただ、部活の雰囲気は確実に変わった。当たり前のように、部員の全員が練習ができる。先輩後輩の上下関係も、適切な距離感に変わった。

 自分としては想定した通り、いや想像以上にサッカー部は良くなった。しかし、大前コーチとしてはかなり大変だったらしい。中学三年最後の大会の終了後、『三年生を送り出す会』でこう言われた。

 「望月からサッカー部が最悪って聞いていたから、身構えてはいたけど、予想の三倍ひどかった。まともに練習はしていないし、当たり前のことを徹底させたら皆文句言うし。保護者会で、厳しすぎるんじゃないか問い詰められた時、年明けには辞めさせられるかもって心配していたよ」

 でも、大前コーチは自分が卒業するまで残ってくれた。そして、自分も卒業までサッカーを続けられた。以前の自分を超えられた。その事実は、とてつもなく誇りに感じられた。

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