回顧13 一輪の薔薇

 世界が死んだ後の静寂。それがどこまでも続いていた。


 瓦礫となった都市からは人の気配などなく、それどころか、ネズミ一匹見当たらない。

 私たちがこの世界に来たのは夜中だったので、明るくなってからもっと詳しく探せば、僅かにでも動物は見つかるかもしれない。

 けれど、残念ながらその時間はない。


「侵攻体の気配を感じてこの次元にやってきたわけだけど、どうやら、私たちは100年ほど来るのが遅かったらしい」


 滅びの日が過ぎた後も、変わらず上り続ける月を眺めながら、トウリが言った。

 崩れ去ったビルに巻き付く植物を見て、時間の推定をおこなったのだろうか。


「この世界の時間で100年間、侵攻体のエネルギー残滓が残り続けたということ? それほど凄い侵攻だったんだ……」


「植物はそのままだが、動物は尽く殺されたらしいね。さっき、この世界を襲った侵攻体の一体がミイラ化しているのを見つけたのだけれど、3メートルほどの狼の姿をしていたよ」


 目に見える動く生き物は、全て狼が嚙み殺したというわけか。


「トウリ、この世界で私たちが出来ることはもう無いみたいだ。闇に住まう神に借りた次元跳躍液が減る前に帰還しよう」


「やれやれ、子会社のつらいところだね。早く借家から卒業したいよ」


「まったくもってその通りだね。ああ、あいつが次に頼んでくるおつかいはなんだろうなぁ」


 この時はまだ、プラントがベンチャー企業だった頃だ。

 次元にひしめく様々な勢力から見れば、吹けば吹き飛ぶような小グループでしかなかった。

 

 なにせ本部ですら邪神からの借り物である。

 さらに、世界の調査もトップである私たちが直接足を運ばなければいけない。

 そろそろ人員育成に本腰を入れるか。

 私はそう考えていた。


「……うん?」


「どうしたんだい、くおん」


「いや、地下に何かあるな、と思って」


 なんとなく地面の下に調査の波動を送っていると、広い空間があるのを見つけたのだ。


 この世界の人間が作ったシェルターか何かだろうか。

 興味をもった私たちは入り口を探し、中を調べてみることにした。


 どうやら様々なことを研究できる、大規模な科学施設だったらしい。

 当該世界において最先端の機材が並び、100年前は大勢の人々が働いていた痕跡があった。


「トウリにもいずれ、立派な研究施設をプレゼントしてみせるよ」


「6畳間も手狭になってきたからね。よろしく頼む」


「そういえば前から聞こうと思ってたんだけど……口調を変えたのはなんで?」


「……威厳を出そうと思ったからよ」


 施設の最深部までたどり着く。

 そこにあった機材は、稼働していた。

 小さな家ほどの大きさがある、水耕栽培用の機械だろうか。


「まだ動いてる。この世界における最後の機械だ」


「これを見て。この資料、なんとかまだ判読できる」


 トウリが見つけた書類にはこう書かれていた。


『我々の任務を思い出してください。我々は、殺戮を続ける狼たちに対して、対抗策を研究するために集まりました。あなたの研究が狼撃退に貢献できるものとは思えません』


『どうせ滅びるのだったら、奇跡の一つぐらい作りたいだろう?』


 私たちは機械の中を調べた。

 その中にあったのは。


「……青い薔薇だ」


 たった一輪だけ薔薇が咲いていた。

 自動機械が管理していた他の薔薇もあったようだが、残っていない。


 その色は青。

 空と同じ色。


「へえ、この世界の技術でここまで青い薔薇を作るなんて凄いじゃないか。他の世界の同時代だと、もっと青紫っぽいのだけれども」


 トウリが感嘆する。

 この薔薇を作った人は多くの努力をして、この薔薇を作り上げたのだろう。

 

 諦めの先に生まれたものであることは確かだ。

 それでも私は、この小さな奇跡が美しいものだと感じた。

 

 機械はもうすぐ停止するだろう。

 このまま薔薇を枯れさせたくはない。


「トウリ、この薔薇を持ち帰れないかな」


「この世界の遺品にするのかい?」


「ううん、遺すだけじゃない。もっともっと綺麗にするんだよ」


 このとき私には一つのアイデアが浮かんでいたのだ。

 

 そのアイデアは見事、結実することになる。


 奇跡は終わらない。

 より大きく、力強く成長する。


 青い薔薇は後にプラントの幹部となった。

 バラ将軍である。

 

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