第34話 苦戦の道中
私たちはなんとか、トウリと一花をセーフベースまで運ぶことが出来た。
セーフベースの機能は幸運にもベルに掌握されておらず、正常だった。常時、閉鎖回路で運用していたのがプラスに働いたのだろう。
プランター寮長の田中さんを使った自爆攻撃によってダメージを負ったのは、私一人。そのダメージもそこまで大きなものでは無かった。
だが、一花はもう立ち上がることすら出来ない。
心の傷が大きすぎる。
私が背負って、セーフベースに連れて行った。
「一花、今はなにも考えないで」
私は一花をセーフベースにあった椅子に座らせると、抱きしめた。
「こんなにも大きな苦しみを前にして、一花はいま絶望していると思う。永遠にこの苦しみは自分を咀嚼し続けるのだろうか、と。それは、違う。苦しみは小さくすることが出来る。抑えることが出来る。いろんな人の手助けさえあればね。そう、手助けをしてくれる人がいる。一花の味方は、一杯いるんだよ」
私だって、これからもあなたのとなりにいる。
だから安心して、いまはゆっくりと休んで。
「……」
一花は一度、僅かにうなづいた。
「一花……大好きだよ」
トウリと一花をセーフベースに残し、私たちは演算室へ再び向かい始めた。
トウリの容体は悪化の一途だ。早く適切な治療を受けないといけない。
そのためにも事態を解決しないと。
私たちは進撃の速度を速める。
「……って、また邪魔が入ってきやがった!」
ドラゴンキュウリが悪態をついた。
私たちの後方から、何者かが急スピードで追いかけてくる。
怪人やプランターではない。
ロボットや妖精の類でもない。
あれは……おいおい。
「また懐かしい顔じゃないか!」
私は思わず叫んだ。
ずっとずっと昔、まだ何の力も持っていなかった頃。
私をコンクリートの地面にへたり込ませた、その姿そのままに。
巨大な熊型の魔獣は、唸り声を上げながら突進してくる。
「前からも来るっす!」
今度はXトマトの声。
私たちの前方に現れたのは、トラック大の猿。
トウリに初めて大図書館へと誘われた日に倒した魔獣だ。
2匹とも通路を進めるギリギリの大きさである。
ずいぶんと器用に走るものだ。
「うおおおおお! トマト爆弾を喰らえええええ!」
Xトマトは赤い爆弾を、猿型魔獣に投げつける。
魔獣の鼻づらへと叩き込まれたそれは、瞬時に紅の閃光を放った。
「やったか!? っす!」
「Xトマト、戦術運勢学の講義を忘れたのですか!? そのセリフを言ってはいけません!」
ナスボーグの言うとおりだった。
巨猿はトマトと己の血で体を赤く染めながらも、スピードを緩めていない。
「くそぉ! 今日はファイアブレスの厄日だぜ!」
後方の大熊に対しても、どうやら遠距離攻撃は上手くいっていない。
ドラゴンキュウリの炎をものともせず、熊型魔獣は突っ込んでくる。
私は大熊に向かって走り始めた。
拳を握りしめる。
「みんな! こいつらには格闘戦が有効だ! とにかく殴りまくって!」
昔取った杵柄だ。
どこまで経験が生きるかは分からないけれど、やってみるしかない。
熊型魔獣の顎の下まで瞬時に移動すると、その場で身を
良かった。こいつの反応速度も昔のままだ。
魔獣は私のスピードに追いつけない。
一気に顎を右手で殴る。
ああ、魔獣の骨が砕けるこの感覚も、実に懐かしいね!
「ゴオオオオオオオォォォ!!!!!」
熊は絶叫の声をあげた。
この調子でいけば、大丈夫だろう。倒せるはずだ。
しかしベルはどこから魔獣のデータを得たのだろう。
光の魔獣もそうだが、こうまで私の記憶と一致する姿を出力するとは。
私の精神を盗み見た? いや、さすがにそこまでされたら私も気づく。
ううむ、分からない。
あとでベルに根掘り葉掘り聞かないと……。
……一花にベルがしたことを考えると、少し心が重くなる。
もう私の中ではある程度、ベルを許す余裕が生まれてしまっているのだ。
罰を与えるにしても、どこか遠くへ流刑にするという、命までは取らないやり方にしようと思ってしまっている。
ベルがただ私たちを蔑んでこんなことをしたとは考えられない。
彼女なりの理由があると思う。
ならばそれを、考慮したい。
許せる点があるのなら、許してあげたいのだ。
一花はこんな私を、どう思うだろうか。
「おりゃああああああああ!!!」
仙は気合の入った声と共に、熊型魔獣へかかと落としをお見舞いしていた。
そのまま大熊は地に倒れ伏す。
「がぶうううううう!!!!」
猿型の方を見ると、ドラゴンキュウリに首を噛みつかれていた。
他の二怪人はそれを間近で見ながら、やんややんやと囃し立てている。
どうやら格闘戦に移行して正解だったようだ。
思ったよりスムーズに倒せそうである。このまま一気に演算室へ……。
「まずい!」
仙の言葉と、ドラゴンキュウリたちがいる場所の天井が崩落するのは、ほぼ同時だった。
天井と共に何かが落ちてくる。
まず見えたのは、人間と同程度の大きさを持った翼。
翼は白色の光を放った。
「「伏せて!!」」
私と仙は同じ言葉をお互いにかけた。
凄まじい爆風が次の瞬間に襲い来る。
あの翼を持っているのは、鳥型の魔獣だ。
倒すことによって「白紙」の種をゲットすることになった、あの魔獣である。
ベルもある意味贅沢な使い方をするものだ。
わざわざ再生しておいて、自爆させるだけなんて。
「みんな!」
三怪人は……どうなった!?
「……ベルさん、マジでなりふり構わないよな……それだけ追い詰められているってことだけど……がは!」
爆煙が薄まると、三怪人は確かに立っていた。
だが、みんなぼろぼろだ。
一目でわかる。
これ以上彼らが前に進むのは、難しい。
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