第32話 状況の整理

「ここまで来たら大丈夫……と言えない所がつらいですね」


 背負っていたトウリをゆっくりと降ろしながら、ナスボーグはそう言った。

 

 確かにここは大ロビーからそれほど離れていない通路の角でしかない。

 人気ひとけはないとは言え、またすぐに追っ手はやってくるだろう。


 いまやグランシード内は、私たちにとって敵地の真っただ中になってしまった。


「それでも、ありがとう。あのままだったらみんな死んでいた。あなた達のおかげで命拾いが出来たんだよ」


 私は、一花を抱っこしたドラゴンキュウリ、祥子と仙を両脇に抱えたXトマト、そしてナスボーグにお礼を言った。


 この三怪人は私と5人組の戦闘中、煙幕を投げながら突入してきた。

 場が混乱している間に、私たちを救出。

 そしてここまで連れてきてくれたのだ。


「……どうしてお前たちはベルの洗脳を受けていないんだ?」


 廊下に降ろされるなりストレッチを開始した祥子が、僅かに疑いの感情を乗せながら質問する。


 祥子は臨戦態勢だ。5人組がやってきても戦えるように。

 三怪人がこの瞬間襲い掛かってきても戦えるように。


 質問に、ドラゴンキュウリが答えた。


「あ~~~~~~~~~~。それはですね……少々恥ずかしい理由がありまして……」

「っておい! ずいぶんと気の抜けた声を出すじゃないか。この緊迫した場面でよ」

「あの……ベルさんの洗脳ってバベル祭の時のイルミネーションなんですよね? 俺たち、あれほとんど見ていないんです……泥酔してて」

「9割寝てたっす」

「いえ、99パーセントでしょう」


 ……やっぱりお酒に吞まれていたかー。


「はあああ? 見ていなかったって……それだけで洗脳を回避できたのかよ!?」

「俺たちもどういう理屈か全然分かりません! でも体は自由に動きます。あの時、周りのみんなが急に魂が抜けたみたいになってビビってると、ベルさんのアナウンスが聞こえてきて……総統たちがヤバイ! と大ロビーへ煙幕だけ持って走り出したんです」


 あのアナウンス、他の場所でも聞こえてたんだ。

 わざわざ広域で流した?

 それとも、単なるベルのミス?


「がはっ! がはっ!」

「トウリ!?」


 トウリの吐いた血が廊下に広がっていく。

 私はトウリの傷を確認した。


 治癒の術はある程度、自分でかけることが出来たみたいだ。

 でも、明らかにその精度が低い。

 胸に開いた手刀の穴は塞がっているが、この吐血の量から考えると内臓の傷は治りきっていない。


「ああもう! 私も治癒の術が使えない……!」

「落ち着いて、くおん。私はそう簡単に死にはしない……ベルは何故、5人組を使ったのだろうね?」

「え?」


 何故って、それはより確実に私たちを葬り去るためでは?


「意識は朦朧としていたが、相手方の不和を感じるくらいのことは出来たよ。あれはいつ発火してもおかしくない関係性だね。そうなると、ベルにとって5人組は大きなリスクでもあるということだ。どうしてわざわざ、リスクを抱えた? 念のための保険? それじゃリスクが過大じゃないか」


 5人組が自分の意思に反する行動をとるかもしれない、という危険を犯してでも、ベルが彼らと手を結んだ理由。


 もしかして。

 手を結ばなければ、そもそもこの計画は成り立たなかったから?


 トウリは話を続ける。


「あの時、大ロビーには大勢の本部職員がいた。しかし実際に私たちを攻撃したのは蓮根グラードや10名ほどのプランターのみ。どうしてもっと大人数で攻めてこなかったのかな?」

「トウリ、こうして今、私たちが会話を続けていられるのも奇妙だよ。グランシードのほぼ全員を支配下に置いているなら、それこそ一瞬で見つけられるはずなのに」

「もう答えは、分かるはずさ」


 冷静に考えれば簡単なことだったんだ。


 洗脳&弱体化光線? ずいぶんと便利なものを作ったねベル。

 でもこの光線、欠陥品だよ。

 効果が弱い。


 さっきドラゴンキュウリは、周りのみんなが魂の抜けたような状態になったと言っていた。

 イルミネーションの光を見た者は、ほとんどがまずこうなるんじゃないか。

 そして次の段階である、人形のように操ることができる者は、ごく一部に限られるんじゃないか。


 そう考えれば色々と理屈が通る。

 大ロビーで私たちを攻撃した数が少なかったのは、それだけしか操れなかったから。

 5人組を呼んだのは、操れる数が少ないので、本当に私たちを殺せるか不安だったから。


 ああ、決行が今日だったのも兵器としての欠陥が原因かもしれない。

 効果の発動まで時間がかかった。


「技術部として言わせてもらえれば、一度見せればそれでOKなんて代物が、そう簡単に作れるはずがないんだ。それに、これははあくまで魔術師としての推測だが……効果の持続時間はもって一日。永続なんて夢のまた夢」

「となると、私たちは効果が切れるのを待つだけでいい?」

「それはどうだろう。あの時、大ロビーには次々と人が入ってきていた。あれはある程度時間が経って、新たに操れるようになった奴らだったと思う。少しづつ、ベルの仲間は増えていくんだ」


 となると、時間は私たちにとって敵となるのか。

 いや、待てよ。


 ベルが姿を現さないのはどうしてだ?

 操れる人数が少ないのなら、自分も攻撃に参加した方がいいのでは?


 ひょっとしたら、光による弱体化はベル自身にも作用しているのでは。

 だから私たちの前に出てこれない。


 ……ヤキモキしているだろうなぁ、ベル。今日一日で私たちを殺せなければ終わりなのだから。

 こうやって考えていくと、今回のクーデターに対して色々杜撰な所も見えてくる。

 なんでもう少し計画を練ってから実行しなかったのかな、あの子は。


 本当に、まったくもって。

 ベルの動機は何なのだろうか。

 

「あ、あの総統! オレ喋っていいっすか!?」


 そのとき、Xトマトが手を上げた。

 どうしたのだろう。


「オレ、ベルさんが推しなんです!」

「そう、だったね。ベルのことを話す君は、とても楽しそうだった」

「はい! ベルさんのことを考えるとワクワクするっていうか……次にあの人が何をするのかなって、想像するのが大好きで。でもベルさんはオレの想像をいつも簡単に超えていって。そんなあの人の隣にいれるだけで、すっげー幸せだったんです」


 ああ。

 私も、君と同じだよ。


「それで……今回のことは……すっげーつまらないっす。権力が欲しいからクーデター? ベルさんがそんな下らないことをするなんて、ありえないっすよ。理由が知りたいっす……本当の理由が知りたいっす! ベルさんの心が知りたいっす! オレ、ベルさんが推しですから! 押しの全部を知りたいっす!」


 パンと仙が自らの頬をはたいた。

 今まで沈んだ顔をしていたが、この動作と共に、いつもの不敵さが戻ってきた。


「怪人にこんなことを言われちゃ、幹部として暗い顔なんて出来っこない! くおん! ベルに本音を言わせよう! 罰なんて後でいい。ボクは友達の本音が聞きたい!」

「言うじゃねえか仙! ならばこのバラ将軍も鞭を振ってやる!」


 私はトウリの顔を見た。

 その顔には「好きなようにやりなさい」と書いてあった。


 そうだね、それじゃ反抗作戦の第一目標は。

 ベルに会いに行こう、だ。

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