第31話 種明かし

 蓮根グラードはトウリの胸から自らの右手を引き抜いた。

 その動作からは全くと言っていいほど、感情というものが見えない。

 今の蓮根グラードはまるで、与えられた命令に従うだけの人形のように感じられた。


「ぐ……はあ……はあ……」


 トウリはその場で崩れ落ちる。

 床にうつ伏せとなり、息が荒い。

 

 やはり、異常に弱体化している。

 いつものトウリならば、一度胸を貫かれただけで膝を折ることはしない。


 祥子と仙も相変わらず、戦闘員複数人に押さえつけられたままだ。


「……どういうこと、ベル」

『どういうこと、だって? ひゃははははははははははは!!! 笑わせてくれるねー!』


 私の問いに、ベルは蔑みの笑いで返した。


『まだ分からないのかな、くおんちゃん! 間抜けなくおんちゃん達は、わたしの罠に嵌ったんだよ! みんな馬鹿すぎて笑いが止まらないね!』

「うそ、だよね……ボクたちをからかっているだけだよね……? ちょっと冗談が過ぎるよ、ベル」


 仙の声は困惑に満ちている。

 姿が見えずアナウンスの声だけの友人へ、縋るように話しかけた。


『ははは! いつもみたいに踏ん反り返ったらどうなのかな、仙! ああプランターに押さえつけられて無理か。弱くなったねー、哀れなもんだ!』

「わたしたちの力が出ないのもお前の仕業か、ベル!」


 祥子の咆哮が大ロビーに響き渡る。

 

 この混乱の下にあって、ロビーは異様に静かだった。

 誰もその場から動いていない。

 なるほど。

 ほぼ全員がベルに操られているのか。


『その通り! それじゃ種明かしといこうか。まず、光の魔獣を使ってゲートを破壊させていただきました! くおんちゃん、驚いてくれたかな? 次に……バベル祭のイルミネーションは覚えてる?』


 イルミネーション……?

 豆電球が縦横無尽、自由闊達に空中を舞ったあのイベントのことか。


 忘れらない、祭りの思い出だ。

 本部のみんなが喝采を上げ、心の底から楽しんだ、光の景色。


 まさか。

 あの光が。


『あの光にちょっとばかし細工を仕込んでました! 細工の効果は二つ! まず一つ目! 強者の弱体化ー! これは戦闘能力が上位にいる者ほど、徹底的なデバフが掛かるという、実にワンダフルなもの。くおんちゃんも幹部陣も、弱めの怪人くらいになったとイメージしていただければ良いかと』


 そんな仕掛けが、あったのか。

 そうなると、私が永い時間をかけて覚えた特殊能力の数々も、今はほとんど使えないと考えたほうがいいだろう。


『そして二つ目! 戦闘能力が比較的低い者は、わたしによって洗脳されます! いまやグランシードにいる本部職員のほとんどが、わたくしバベルツリーの支配下!』


 大ロビーの入り口に目をやった。

 ベルが話している間にも、次々とプランターが入ってくる。


 その全員が、人形の動きだ。


『当然、基地のシステムは完全掌握済み! 助けを呼ぶことは不可能! ゲートも、もう一度ぶち壊させていただきましたー!』

「……一花は?」


 私は短く、そう尋ねた。


 怪人や戦闘員たちがベルの洗脳を受けたのなら、どうして一花は平気なのだろう。

 

 一花はいま震えている。

 私の胸に顔を埋め、嵐が止むのを待っている。

 破滅の風がいま、彼女の周りを吹き荒れている。


『一花? あー、一花ね。どうでもよくない?』

「そんなこと、ない」

『は~~~~。わかったよー』


 ベルはため息をついたあと、語り始めた。


『くおんちゃんがさぁ、急に自伝を書こうって言い始めた時あったじゃん? わたしちょっと焦ったんだよねー。なんでかって言うと、くおんちゃん自伝の資料収集とかでバベルにアクセスしようとしてて、下手したらわたしが進めてる諸々の計画がバレちゃうところだったんだ。で、それを誤魔化すために使ったのが一花』


 ちょっと、待ってくれ。

 もしそれが本当なら。

 

 私があの時、一花と出会ったのは。


『ロールアウト寸前のプランターをちょろまかして、バベルの枝の一つに乗せる。で、重みで枝が折れたっていう態にして、くおんちゃんには故障中と言っておく。いやー、うまいことバレずに済みました。無理やり生産ラインから引き剥がしたからか、プランターは喋れなくなったけれど、別に気にすることじゃないよねー。はっはっはっはっはっはっ!』


 私は一花を抱きしめる。

 つよくつよく抱きしめる。

 

 一花をこの過酷な嵐から守ってあげたい。


『あ、光の影響の話だったね。わたしの光はレベルの高いものほど効果を発揮するから、故障した戦闘員なんていうレベルゼロには影響が無かったんだよー』

「……独演会はそこまでにしておけ、バベルツリー」


 男の声がベルの言葉を遮った。

 

 声のした方を向くと、そこには5人の男女が立っている。

 それぞれが赤、青、黄、緑、桃のジャケットを羽織っていた。


 ヒーローチーム『5人組』。

 彼らは、悠々とプラント本部に足を踏み入れた。


『はいはい、あとは5人組さんの仕事ですからねー。まあ、ヒーローのお仕事を頑張って下さいー』


 やる気があまり感じられないベルの言葉に、最初に声を発した男、赤のジャケットを着た男が怒気を含ませながら答える。


「バベルツリー。確かに俺たちはお前をスポンサーとして仰いだ。だが、これだけは言っておく。一から十までお前に従うつもりはない」

『はー、ずいぶんと偉そうなこって。わたしがお膳立てしてあげたのに』

「総統を倒した後は、要相談だな。プラントの今後について話し合おう」

『ねえ。さっさとくおんちゃん達をぶっ殺しちゃってよ。殺し損ねたら、ただじゃおかない』


 ああ、ベルは私たちを完全に騙し切ったんだな。

 見事なものだ。

 疑うという発想すら湧かなかった。


 ただ。

 今までの説明を聞いても、まだ分からないことがある。


「ベル。どうしてこんなことを」


 私の言葉にベルは答える。


『悪の組織にクーデターはつきものじゃん?』


 それはちょっと、理由になってない。

 まだ何か隠していることがあるのかな?


 

 

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