第30話 幕開け

 今日はいよいよゲートの開通日だ。

 光の魔獣襲来から一か月。

 やっとグランシードの封鎖は解除される。


「おいおい、別になにか企画があるってわけじゃないのに、まったくみんなこんなに集まって」

 

 私の隣に立つ祥子が言った。

 なんだか嬉しそうな顔をしながら。


「ボクたちだって大ロビーに来ているじゃないか。いろんな連絡手段はあったにしろ、実際に面と向かって会うことが出来るというのは、素晴らしいことなのさ」


 仙の言う通りだね。

 大ロビーに集った職員たちは今か今かと待ちわびている。

 ゲートが復旧次第、他支部のメンバーが一気に本部へやってくる予定となっているのだ。


 言葉には出さなかったにしろ、グランシードのみんなもこの一か月の間に寂しさを募らせていたと思う。

 親しい人物と会えなかった人も大勢いた。


 だが耐える日々は今日まで。

 あと少しで、再会の時だ。


 私は人々の期待で溢れる大ロビーを見回しながら言った。


「これもちょっとしたお祭りみたいなものだね。思う存分、楽しもう」


 壁にかけられた時計を確認する。

 復旧の時刻まであと十分、か。

 

「くおん、祥子、仙。そこに私と一花。ふふ、いつもの面々だね。ああでも。ベルがいないのか」


 向こうからトウリと一花がやってきた。

 一花はスタスタと小走りになると、そのまま私の胸に飛び込む。


『く く 総統!』

「おや?」


 デバイスの文字が乱れている?

 どうしたのだろう。


「ははは。私から一花へ提案したんだよ。くおんって呼んであげたらどうかってね」

「『く』、はくおんのくか。私としては呼び方にそこまでこだわりはないけれども……」

『でも幹部のみんなは名前で呼んでて、わたしは違うから、寂しいなって感じたんだ』


 一花は私の胸に顔を埋めたままだ。

 

 私は一花の頭を撫でる。


「それが一花にとっての『好き』の表し方なら大歓迎だよ。私を好きになってくれて、ありがとう」

『でもちょっと恥ずかしいよ~』

「今すぐでなくても大丈夫だよ」


 一花の背をぽんぽんと叩き、体を離す。

 

 その時、祥子が耳打ちをしてきた。


「ちょっといいか」

「……カルテルのこと?」

「それも含めて、だ」


 私と祥子は少し離れたところで話し始める。


「結局、光の魔獣の襲撃はなんだったんだ? くおんはどう思う」

「……」


 光の魔獣がゲートにダメージを与えたあの日以来、『敵』からの攻撃は一切なかった。


 なぜゲートを封じただけだったのだろう。

 なぜそれ以上のことをしてこなかったのだろう。


 ゲートは今日、無事復旧する。

 敵は本部を一時的に孤立させるだけで満足だったのか? 

 その間に支部に何かしらの干渉をしたかったのか?


「カルテルに動きはあったが、どうも散漫な印象だな。具体性が見えてこない」

「支部に対する干渉も、陽動?」

「かもしれん。だが、それじゃあ本部がどうなのかというと、何も無いよな」


 それこそバベル祭を開けるぐらい平和だった。

 900世界に対する処置も指示できた。


 問題は何もなかった、はずだ。


「裏切り者の調査もベルの協力の下おこなったが……該当者はいなかった。ああくそ。一体どうなってやがる」

「……なんだか重要なことを見落としている気がする。外から見れば簡単なことに、私たちだけが気づいていない。そんな感じが……」


 うおおおおおおおおおおおおお!

 

 ロビー全体から歓声が上がった。

 ゲート開通の時間が来たのだ。


 私は素直にそれを喜ぶことが出来なくなっていた。

 見落としていること。

 それはなんだ?


 本当に敵は何もしてこなかったのだろうか。

 もしかしたら、私たちが攻撃だと認識すら出来なかった何かが、とっくの昔に平然とおこなわれていたのではないか。


 プラントはそれを、笑顔で迎え入れてしまったのでないか。

 私の心の中に、厭な予感が飛来した。


 まさか、何もかも相手の筋書き通り、なのか?


「……ちょっと待ってください! なにか変です!」

「世界の外側からこのゲートへ、何かが突っ込んでくる!?」


 突如として、そんな叫び声が上がった。

 ゲートの管理を行う部署からだ。


「いますぐゲートを閉じて!」

 

 間髪入れず、私は指示を飛ばす。

 

 間に合ってくれ。


「!? まずい!」


 誰かが一気に私たちの後方へ移動した感覚。

 即座に振り返る。


「ぐ……あ……!」


 それはトウリのうめき声。


 状況はどうやら、想定の百倍ほど、まずい方向に進んでいるらしい。


 最悪の事態だということを認めざるを得ない。


 トウリの胸が手刀によって貫かれている。

 プラントの怪人、蓮根グラードによって。


「トウリ!!!!」

「なにしてんだよ、蓮根グラード!!!」


 仙と祥子がほぼ同時に叫ぶ。


 祥子は蓮根グラードに拳を叩き込むべく、駆けだそうとした。

 だが、それは出来ない。


「!? おまえらなにを!」


 数人のプランターが彼女に抱き着き、その動きを妨害したからだ。

 仙も同様、だ。

 

 なぜ。

 なぜ幹部陣の力が弱まっている?


 トウリならば蓮根グラードの手刀を避けることが出来ただろう。

 祥子と仙ならば、簡単に戦闘員数人を薙ぎ払える。

 

 だが、現実は違った。


「こいつら……離しやがれ!」

「ど、どうして振り払えないんだ……!?」


 ゲートが異常なほど、大きな光を放った。

 突っ込んでくる?

 一体何が。


 それがその姿を現した時、門は火花をあげた。

 ああ、技術部の一か月間が無駄になった。

 あれでは再びゲートが故障してしまう。


 物体は50メートルほどの長さを持ち、航空機型をしていた。

 スライディングをしながらロビー内を滑り、ちょうど私のすぐ前で停止する。

 

 まったく。

 ずいぶんと派手なご登場じゃないか。

 さながら最終決戦の様相か?


 間違いない。

 五人組の移動基地。

『鉄塊』だ。


 さあ、どうする私。

 頭を必死に働かせる。

 

 祥子と仙を押さえつけようとするプランターは、どうやらそれ以上のことはしてこない。

 トウリは胸を貫かれたが、即死はしないはず。

 一花は……一花!


 私は一花を探す。

 一花は呆然とした感じでへたりこんでいた。

 その手をとり、引き寄せる。

 どうやら一花に異常はないようだ。


「プ、ラ」


 その時。

 

 大ロビー全体にアナウンス放送が響き渡った。


『あー、テストテスト。感度良好!』

 

 陽気な声。

 みんなを笑顔にしてくれる声。

 彼女の声。


 ベルの声だった。


 その声は嗤っていた。


『ばーか!!!! 騙されてやんの!!!! ひゃははははは!!!!」


 


 

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