第28話 枝

 支部の人員が900世界から退避したことを確認後、処置は実行された。


 作業を担当するのは起動艦。

 この艦は全長90メートルほどの宇宙艦艇で、プラントの保持する艦船の中ではそこまで大きなものではない。


 だが起動艦においてもっとも重要なのは、大きさでなく船が運ぶ『種』。

 航行に必要な部分以外は全て、この『種』を安全に目的地まで運ぶための機材が詰まっている。


 フットボール大の『種』は、プラントが現在7個しか有していない、最重要レベル資産だ。

 人間が軽々と掲げることができるこの小さな黒い物体によって、900世界は滅び去る。


 起動艦は900世界の太陽から、およそ1000万キロの地点に到達。

 『種』を太陽へ向けて射出する準備を開始した。


 艦を止めるものはいない。

 

 この世界の人々は黒い四面体に対応するので精一杯。起動艦が太陽系にいることすら気づいていないだろう。


 別の世界からヒーローがやってくる気配はなし。

 神も救済を諦めたようだ。


 何の問題もなく、『種』が打ち出された。

 種が太陽に到着し『枝』を生み出すまで約5時間。

 起動艦の乗組員には、これから起こる現象の観測という仕事が待っている。


 900世界の地球へと目をやると、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 

 親が、子が、友人が、恋人が、黒い四面体になっていく。

 前兆もなく、突如として。

 彼らの理解を遥かに超えた出来事が、理不尽に進んでいく。

 

 四面体は黒い閃光を放ちながら攻撃してくる。

 人々は生きるために、変貌してしまった愛する者たちを壊した。

 次の瞬間、自分も四面体になるケースが増えていったが。


 死んでしまいたい。

 そう願う人間が半数ほどを占めた。

 希望はもはや心の重荷。この世という地獄から逃避するには、邪魔な存在となっている。


 3億を数えるまでになった四面体の一部が、一か所へ集まり始めた。

 彼らは渡りの準備をしているのだ。

 こことは違う世界へ行って、今と同じ増殖という行為を続けるために。

 あと数時間ほどでその準備は整うだろう。


 その前に、『種』は間に合った。

 

 太陽に到着したそれは、世界を校正する能力をフルに稼働させる。

 恒星の熱をほんの少しだけ操作し始めたのだ。


 プロミネンスに異常が起こる。

 常識的な大きさを一瞬で超えた。

 太陽の直径と等しくなった。


 それですら序の口。

 とどまることなくプロミネンスは伸びてゆく。

 それはまるで、太陽から枝が生えたように見えた。

 赤く燃える熱の枝。

 それは地球を目指し始める。


 速さは光速の10パーセントくらいだろうか。

 数千度の熱を保ったまま、暗黒の宇宙を行く。

 その進撃を誰が止められるものか。


 地球は熱され始める。

 分ごとに一度、気温が上がった。

 

 何事かと思った人々は、空を見上げて気づく。

 太陽が迫ってくる。

 陽光は既に夏の数十倍に達した。

 彼らの皮膚が焦げ始める。


 やがて全ての草花に火が付いた。

 

 沸騰した膨大な海水が蒸気となり、地球を覆ったおかげで熱の暴走は一時的にましとなったが、それは数分間だけの話である。


 熱の枝は、一天文単位の距離を踏破し、地球へとやってきた。

 ゆっくりと、地球に絡みついていく。


 数千度の熱エネルギーは星を焼き尽くした。

 ありとあらゆるものが、焼けて溶ける。

 四面体たちも同じだった。

 他世界へ逃げる前に、燃えていく。


 人類の大部分は何が起きたのか分からなかっただろう。

 気づいたときには、熱の中で死んでいた。

 

 だがごく一部、プラントの現地協力者たちだけは、全てを知っていた。

 彼らもまた四面体の因子を持っていたため、900世界に取り残されたのだ。


 協力者たちがどのように最後の時を過ごしたのかは、分からない。

 その時間は彼らだけのもの。プラントが干渉していいものではない。


 枝が地球に到着してから1時間後。

 枝は太陽へと戻っていく。

 溶岩の塊となった地球を残して。

 この惑星の歴史は46億年前のふりだしに戻ったのだ。

 

 起動艦クルーは一連の現象が収束したことを見届けると、地球を調査。

 それによって、黒い四面体の全滅と900世界人類の滅亡が確定する。

 

 全ての仕事を終えた艦は所属する支部へと帰還した。

 クルーは解散し、それぞれが別の業務に就く。

 起動艦を使った次の任務が始まるまで。

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