第27話 委員会の決定

 グランシードの本部議事堂は今、900世界の『処置』に関する最終決定を下す場となっていた。


 議事堂の正面スクリーンには、各世界に散らばる幹部や技術者、そして900世界の支部長と補佐役が映っている。


 スクリーンに相対する形で、議事堂席に座るは本部職員たち。

 バラ将軍、水仙子爵、バベルツリー、トウリ博士もいる。

 もちろん、総統である私もいる。


 これら選抜された50人ほどが、処置の是非について議論する委員会を構成していた。

 

 50人。

 この僅かな数で、数十億人の生死を決める。


「さて、議論は出尽くしたね? 議長である私としては、最終的な決を採ることを提案したいが……みんなどうだろうか?」

『待ってください!』


 トウリ博士の言葉に、900世界支部長の補佐役が異を唱えた。

 彼女は喋り始める。


『そもそもこの委員会自体が結論ありきで進んでしまったのでは? 本当に充分な議論を私たちはしてきたのでしょうか……そして、総統の意思に左右されなかったと言えるでしょうか』

「黙れ。いまさら時間稼ぎなんてするな。対抗策を出せなかった時点で、お前らは負けたんだよ……それを認めろ!」


 バラ将軍は怒気を隠すことなく、補佐役の女史に言葉をぶつけた。


『対抗策は、あります。転生者の一斉召喚、一か八かこれに賭けるしかありません。数百人の転生者の内、数パーセントは何らかの能力を得るでしょう。もしかしたら、その能力が900世界を救うかもしれません』

「それは夢想だね。既に900世界人類の一割が黒い四面体に変換された。他世界への侵攻が始まるまで、タイムリミットは一週間しかない。これ以上待つことは、出来ない」


 女史は水仙子爵を睨みつけたが、徐々に視線は下を向く。

 視線は900世界の支部長に至った。


 彼はうなだれ、手で顔を覆っている。

 うわごとのように何かを呟いているだけだ。

 おそらく会議の途中で心は折れてしまったのだろう。


 そんな彼に他の支部長たちが声をかけた。


『処置の当事者になるのは初めてなんだね……君がいま抱いている気持ちはよく分かる。現地で親しくなった人たちを殺すなんて、そう簡単に耐えられることじゃない。ねえ、処置が終わったら君と話がしたい。何度でも話がしたい。君の想いを、聞かせてくれ』

『がおおおおおおおおお……つらいのはみんなおなじ。泣いていいんだ。そして、つぎの世界は救うと誓ったらいい。がおおおおおおおおお』


 次の瞬間、補佐役の女史は自らのペンを机に叩きつけた。


『ああ……!』


 やはり奇跡は起こらなかった。

 

 今までの、幾つかの世界と同じように、奇跡は起こらなかったのだ。


『900世界からの保護は、本当にゼロにするしかないのでしょうか?』

「うんそうだね。侵攻体の因子はもう全人類にあると考えるべき。保護区には送れないよガーベラ。大丈夫。900世界の保存すべき情報は、もうバベルわたしの中に入っている。あの世界の一部は、残り続けるよ」


 保護区首相ガーベラと、バベルツリーの会話。

 この会話を聞くのも、回数を重ねたものだ。


 私はトウリ博士の方を見た。

 目で合図する。

 

 決めてしまおう。


「これより決を採る!」


 トウリ博士の声が議事堂に響く。

 それは有無を言わさぬ強さがあった。


 委員会に所属するそれぞれが、手元にあるボタンを握る。


『たすけてくれ……頼む……だれかたすけてくれ……あの世界をたすけてくれ……』


 それは、か細い声だった。

 消え入るような声だった。


 900世界の支部長が机に突っ伏しながら唱えた、願いが崩れ去っていく声だった。


 評決は進む。

 やがて、結果が出た。


 トウリ博士がそれを発表する。


「全会一致! これにより900世界に対する処置が決まった! 起動艦は既に現地へ到着済み。総統の命令があれば直ちに作業は開始される!」


 委員会メンバーの幾人かは、叫んだ。

 恍惚、熱狂、悔恨、自嘲。

 様々な感情を混ぜながら。


『プラント万歳! そして人類万歳!』

『私たちは塔をつくる! 決して朽ちぬ塔をつくる!』

「闇に住まう神よ、我らに祝福を!」


 900世界の支部長は、打ちひしがれたままだった。

 補佐役の女史は、拳を握りながら天を仰いだ。


 君たちはよくやった。

 その努力に最上の敬意を。


「総統、ご指示を」


 トウリ博士が言った。

 私は答える。


「処置を実行せよ。900世界を滅ぼせ」

 

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