回顧11 トウリ

 やれやれ。そういう言い方はちょっと心外だよトウリ?


「ひどいなぁ。私としては人類を根底から変える大計画のつもりなんだけど? 今は研究が始まったばかりなんだ、長い目で見て欲しいね」

「……一応、聞いておくわ。体の一部を普通の人間に植え付けようと思った理由は?」


 お、聞いてくれますか。

 それじゃ演説の一つでもやりましょう。


「魔獣の脅威は去った! 世界は救われた! しかし人類は弱いままじゃないか? 爪や牙によって、いともたやすく引き裂かれる存在でしかない。このままでは次なる脅威がやってきたとき、人々は存亡の危機だ!」

「次なる脅威って?」

「新しい魔獣かも知れないし……あと怪獣とか宇宙人とか! まあそんなところかな! なんだっていいじゃん! とにかく全人類に私の歯を移植してみようかなー。歯が生え放題っていいよね、虫歯になってもすぐ引っこ抜けばいいんだし!」


 カツンカツンカツン。

 トウリはゆっくりと、こちらに歩き出した。


「くおん。あなたのやっていることはいずれバレる。あなたの悪事に気づいた人間があなたと戦う。そして、あなたは死ぬ」

「大丈夫大丈夫! 人間ごときに負けるはずがないよ!」

「しょうもない悪役のセリフすぎて、笑えてくるわね」


 カツン。

 私の目の前に、トウリがいる。

 そして言った。


「つまらないことは、もうやめなさい」

「じゃあ私のことを殺してよ」


 桜は私のせいで死んだ。

 だから、いまやってることは桜に対する贖罪である。


 もし。

 私と桜以外に、魔獣と戦う人間がいれば。


 戦える人間が増えていれば、桜は死なずに済んだかもしれない。

 異能の力を持つ誰かが、もう一人あの場にいれば、桜は死なずに済んだかもしれない。


 だから、異能の植え付けをやっている。

 未来に起こるかもしれない、桜と同じような悲劇を、少しでも減らしたい。

 それは間違ったことか? 今は死人が出ているが、必要な犠牲というやつではないのか?


 計画を否定されるのであれば、もう私に生きている価値はない。

 そもそも桜に対する贖罪以外に、やりたいことなんてないのだ。

 さっさと死んでしまったほうが、せいせいする。


「……分かった。殺してあげるわ、くおん。でも、最後にこれだけは言わせて」

「なに?」


 瞬間、トウリの表情が変わる。

 

 その表情は明らかに。

 侮蔑の感情を表に出していた。


「あなたもくだらない女に引っ掛かったものね?」

 

 魔力の奔流を感じた。

 私に向かって?

 違う。

 隣だ。


 隣には寝袋。桜の死体が入っている。

 魔力が熱を持つ。

 やめろ。

 やめてくれ。


『爆ぜろ』


 トウリが一言そう呟くと、寝袋が膨れた。

 

 やがて裂け、辺りに飛び散る。


 桜の血が私の顔にかかった。肉片もだ。


「勝手に戦いへ誘って、勝手に自分だけ死んだ。無責任極まりないわね。へらへら笑って、たまにキレイごとを吐いていれば良いと思ってたのかしらね? こんなつまらない女だけど、新しい魔術の実験材料にはなるでしょう。肉の一部をいただくわ」


 トウリの頬にも血が滴っている。


 私はトウリの顔から視線を逸らさない。

 見つめ続ける。


「……安っぽい挑発」


 トウリの喉元へ手を伸ばす。

 その白く細い首を掴んだ。


「それでも乗ってあげるよ。死ね」


 鋼鉄すら捻じ曲げる握力で首を絞めた。

 一瞬でへし折れる……はずだが、そう簡単にはいかない。


『吹き飛べ!』


 トウリは言霊を乗せて叫んだ。


 爆発的な風によって、たちまち私の体は十数メートルの高さまで上昇する。

 すぐに次の手がくるだろう。なにか対抗しなくては。


『刺せ!』


 だが、思考の暇すらなかった。

 

 全周囲から無数の銀の矢が、私へと飛び掛かってくる。

 あっという間にハリネズミ、いやお腹にも隙間なく刺さっているからそれ以上か。


『落ちろぉ!』


 トドメとばかりに、床へと叩きつけられる。

 風の音が後から聞こえて来たから、音速でやられてしまったみたいだ。


 衝撃波が辺り一面に広がった。目に見える範囲すべての本棚が倒れていく。

 私と桜、そしてトウリが過ごした場所、大図書館が壊れていく。


「ぐ……」


 体の再生が追いつかない。

 銀の矢で生まれた傷はふさがった。

 だが、床への落下ダメージが治せない。

 人間離れしたこの体でも、キツい。ヤバい。


 トウリが近づいてくる。

 その表情は再び、感情を隠したものになっていた。


「トウリは、強いね。すごく強い」


 私は体にエネルギーを溜めた。

 溜め続けた。


 魔術ではトウリに勝てないことは分かっている。

 必要なのは、単純な動作。

 殺意の純粋性。


「だったら、どうして桜を助けてくれなかったの?」

「っ!」


 トウリが隙を見せた。

 私は彼女に飛び掛かる。

 

 芸がないことは承知の上。

 再びその首を絞める。


「なんで!? なんで助けてくれなかったの!? いつもえらそうなこと言ってるのに!」

「が……ぐあ……!」


 トウリは抵抗しない。

 そのまま、力を、加え続ける。


 私はトウリを、殺す。


「……いいよ、ころ、しても」

「え……?」

「私だって、罪人よ。本当なら無理やりにでも二人を図書館に引き留めるべきだったのにそれをしなかった……ごめんなさい、ほんとうにごめんなさい」


 泣いていた。

 トウリの瞳から涙がこぼれている。

 

 トウリって、泣くんだ。

 

「でも殺すのは私で最後にして。そして、今までのことは全部忘れて別の世界に旅立つの。どこか平和な世界を見つけて、そこで幸せに暮らして。それが私の、最後のお願い」


 鋼鉄すら捻じ曲げる握力が、緩んだ。

 私は意識せず、首から手を放していた。


「……トウリ」

「桜の亡骸を滅茶苦茶にしてごめんなさい……あなたに前を向いてもらう方法が、他に思い浮かばなかっ……!?」


 首を絞める代わりに、私はトウリを抱きしめた。


 ああ、トウリ。


 おねがい泣かないで。

 

 

 


 

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