第26話 バベル祭③

 むかし私は、自分の頭の中に崩壊世界の情報を保存しようとしたことがある。


 少しでも多く、滅んでしまった世界の諸々を残したかったからだ。

 だが、割合すぐにパンクした。

 とにかくなんでもかんでも保存しようとしたせいだった。


「相変わらず君はバカだね、くおん。プラントが軌道に乗ってきた今だから良かったものの、ちょっと前までに君が倒れていたら、組織の危機だったよ?」

「面目ない……」

「情報の保存だったら、専用の機械を作るんだね」


 トウリ博士に諭された私は、情報を効率的に収容するための『樹』作成に着手した。

 集めるべき情報を選び、それを管理するための装置だ。


 それまで情報を保存していた私の頭脳をモデルに構築を始め、プラントのみんなの多大な協力の下、なんとか完成した。


 それが中央コンピューター『バベル』だ。


 そしてバベルが、各世界からの情報収集の果てに生み出した人格こそが、バベルツリー。

 ベルである。


「暗いから気を付けてね、一花」

『だいじょうぶだよ!』


 私は一花の手をしっかりと握ぎりながら言った。

 デバイスは一花の文章を明るく表示してくれている。

 

 中央演算室は真っ暗。

 いちおう誘導灯の明かりがあるが、それでも暗いものは暗い。


 本部のメンバーは感覚が鋭敏だから大丈夫だけど、普通の人間たちだったら将棋倒しの可能性もあるだろう。


 みんなの移動は終わった。

 さあ、ベルのイベントの始まりだ。


『レディースアンドジェントルメン! 長らくお待たせいたしました! バベルツリーでございます! これよりみなさまにお見せいたしますは、光のショー! 心ゆくまでお楽しみください!」


 ベルのアナウンスが流れた。


 その直後。


「……豆電球?」


 私の目の前に、豆電球があった。


 ピカピカと光りながら、空中に浮かんでいる。


「なんだなんだ?」

「豆電球がいっぱい浮かんでいる?」

「わたしたちの周りを飛び回ってますわ!」

「へー、どんな魔術を使っているんだろう」

「きれい……」


 それはまさしく、光のショーだった。


 無数の豆電球が、怪人の、戦闘員の、技術部員の、ロボットの、妖精の、幹部の、そして私の周囲を飛び交っている。


 基本は白色だが、ときに赤色や緑色、青色などに変化した。

 

 それぞれが意思を持っているかのような動きだが、どうなのだろう。

 ベルが一人で操作しているのだろうか。


 これは空飛ぶイルミネーションの群れだ。

 なにか形をつくることは無い。

 決められたルールなどなく、光たちは自由に駆けている。


「うん、ベルらしい」


 何者にも縛られない、あの子が作る光の奔流だ。


 周りのみんなからは、感嘆のため息が聞こえてくる。


「あの人、こんなすごいことも出来るんだ」


 そうだよ、ベルはすごいんだ。


 やがて、豆電球がバベルの周りに集まり始める。

 巨大な樹木にメーターやスイッチが埋め込まれた、独特な造形のコンピュータが照らし出された。


『総統、これ見て』

「うん?」


 一花はデバイスに文字を入力した後、映像へと切り替える。


 映し出されたのはグランシード各所が中継されたもの。

 なんと、豆電球は本部のあちこちでも浮遊している。


『わたしがグランシードのいろんなところに運んだの! 他の人に出来るだけ見つからないようにベルが考えてくれた所へ、こっそりと!』

「そうか、どうしても外せない用事がある人や、医務室から出られない怪我人もいるからね。その人たちのために……」


 本当にみんなのことを考えてくれたんだ。


「やあやあ、みなさん!」


 アナウンス越しではない、生のベルの声が聞こえた。


 見回すと、バベルの枝の一つに座っている。


「楽しんでいてくれてるかな? 目に焼き付けておいてね、この光を。バベルの光を。思えば、みんながわたしを作ってくれてずいぶん経つね。わたしはみんなの役に立ててる? いつもワガママばっかりでごめんね」


 ベルは座るのをやめて、枝の上に立ち上がった。


「えっと、なにが言いたいのかと言うと……みんなああああああああ!! 大好きだああああああああああああ!!!!!!!!!」


 渾身の叫び声が、演算室全体に広がる。


 同時に豆電球の光量が一気に倍となった。

 プラントのみんなが光に包まれる。


 ベルの光に包まれる。


「「「「「わあああああああああああああああああ!!!!!」」」」」


 溢れんばかりの拍手が起こった。

 光が収まったあとも、それは続く。

 

 とても、とてもいいものを見た。

 私も拍手の合奏に加わることにする。


「とう!」

 

 掛け声と共にベルが枝から降りた。

 そして私の下へと駆け寄ってくる。


「はい一花ちゃん! くおんちゃんに渡してあげて!」

「プラ!」


 おや、なんだろう?

 

 一花はリボンが巻かれた小さな箱を、ベルから受け取った。

 それまで握っていた私の手から離れる。

 

 私は手のひらに、その小さな箱を渡された。


 リボンをほどき、包みをとってみる。

 透明なプラスチックにそれは入れられていた。


「これって……カットされたケーキ?」

「一花ちゃんが頑張って作ってくれたんだよ!」


 小さなイチゴのショートケーキだった。

 手のひらに置けるサイズの、可愛らしい見た目。


 そういえば前にベルが、バベル祭の料理について何か含みのあることを言っていたが……そうかこれのことだったのか。


「お、おおおおおお。すごいな、ありがとう一花!」

「プラ!」


 きっと、とってもおいしんだろうな。

 今日はいろんなごちそうを食べたけど。

 一番印象に残るのは、間違いなくこれだろう。


「え、一花の作ったケーキ? ボクにも見せて!」

「へえ、やるじゃん一花!」


 祥子と仙もやってきた。

 二人同時に一花の頭を撫でる。


「プラ! プラ!」


 一花は、はにかみながら喜んでいる。

 そんな彼女の姿を、少し離れたところからトウリが見ていた。

 とても優しく、微笑んでいる。


 ああ。

 本当に。


 今日は素晴らしいお祭りになった。

 お祭りに関わったみんなに感謝したい。

 ありがとう。


 


 

 


 

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