第25話 バベル祭②

『宇宙怪獣おいしい!』


 一花は宇宙怪獣の刺身に舌鼓を打った後、目を輝かせながら文字を出力した。

 七種盛りで実に豪勢だ。見ているだけで楽しくなってくるね。


 今はもうお互いの手を放し、2人とも料理を堪能している。

 ベルが企画したイベントの時刻まであと少し。

 お腹もいい感じにふくれてきた。


 トウリは技術部の輪の中に顔を出している。

 彼らの発明品が暴走していないかの確認だという。


「おまえらこんなに酒を飲んでからに!」

「センパイすんません~~~~」


 すこし離れたところで、怪人たちが話をしていた。

 あれはドラゴンキュウリと……蓮根グラード?


 相変わらずの穴だらけだが、元気そうだ。

 良かった。五人組との戦闘で負った傷から回復できたみたい。


「この前も総統の御前おんまえで醜態を晒したそうじゃないか?」


 ぷりぷり怒っている蓮根グラードの前には、ドラゴンキュウリ、Xトマト、ナスボーグがいる。

 ほんとにいつもの三人だなぁ。


「おいしいお酒がこんなに一杯あるんすよ~。飲んであげなきゃお酒が可哀そうってもんっすよ~」

「バラ将軍と戦闘令嬢のステゴロを肴に、美酒を一口。たまりませんよ。グラードさんもいかがです? 滴る汗の美しさときたら……」


 あれは完全に出来上がってるね。

 これからメインイベントが始まるというのに。

 ちゃんと酔いを醒ますんだよー。


「このばかども~~~~~~!!!!」


 蓮根グラード怒りの一声も、賑やかな周りの声たちに混じっていくのみ。

 宴もたけなわ、だ。


 おっと。怪人たちの様子を見ようとして、一花から離れてしまった。


「あの~総統」

「うん?」


 誰かが声をかけてきた。

 声のする方向を見る。


「田中さん?」


 いつも一花の世話をしてくれている、寮長の田中さんだった。


 草が巻き付いた歯車頭の下はタキシード姿だ。

 とても格好いい。


「さきほど一花の奴が騒いでいましたが……なにかありました?」

「ああ、心配いらないよ。一花の声のことで、トウリ博士から説明があったんだ」


 私は田中さんに一連の出来事を説明した。

 田中さんの表情が見る見るうちに明るくなっていく、ように感じる。

 実際には顔など無いけれど、それを言うのは野暮な話。


「そうですか! ああ、それは良かった!」


 だってこんなに嬉しそうな声なのだから。


「最初はどうなるかと思いましたが、最近は行儀もある程度おぼえるようになりまして。箸をきちんと持つ。服を脱ぎ散らかさない。一つ一つ着実に学んでいきます」


 田中さんは溌剌と語る。


戦闘員わたしたちは一定の社会ルールを刻み込んでから出荷されますから、一花のように躾というものをするのは、実は初めてで。てんてこまいの日々ですが、間近で成長するあいつの姿を見ることは……なかなか楽しいものですなぁ」


 苦労をかけてしまったけれども、田中さんのその言葉を聞くと私もこころよい気持ちになる。


「ありがとう田中さん。一花のお父さんになってくれて」

「はは、お父さんなんて、そんな大層なことはしていませんよ。あいつが手のかかるじゃじゃ馬娘だというところは認めるところですが……」


 朗らかな会話が続く。

 今ばかりは一花が離れていてよかったかもしれない。

 一花の前だと田中さん、恥ずかしがってこういうこと、言えないだろうからね。


『ピンポンパンポーン。あーテストテスト。マイク感度良好。感度良好ってエロくね? あーおほん。大食堂にお集まりの方々。バベルツリーであります。バベル祭メインイベントの準備が整いました。グランシード中央コンピュータ、バベルの下に移動してください』


 館内放送のアナウンスが響く。

 ベルからの連絡だ。


「やっとか。飲んだくれている奴もいるが大丈夫か?」

「まだですわ! まだ、決着がついておりません! そうですわよねバラ将軍!」

「ほら、イベント始まるから! これで終わり……アッパー繰り出すな!」

「そもそも、あのスケベなバベルツリーに企画を任して大丈夫だったのか?」

「あの人真面目な時は真面目だから……一応」

「よし、みんな移動するぞー」


 放送を聞いたみんなが、バベルのある中央演算室へ向かい始めた。


 演算室は私と一花が初めて出会った、あの場所だ。


 グランシードの中でもかなり広めの部屋だから、本部のみんなが行ってもギリギリ入るだろう。


「総統、プランターの連中をまとめてきます。数が多いですからね、整列させて移動したほうがいいでしょう」

「うん、おねがい」


 田中さんと別れ、私は一花のところへ。


『ここからがすごいんだよ! とってもすごいの!』


 一花は手をぶんぶん回していた。

 鼻息が荒くなっている。


「ふふ、興奮しすぎると疲れちゃうよ? さあ、行こう」


 私は再び一花の手を握り、演算室へと歩き始めた。

 

 しばらくして、あることに気づく。


「おや? ちょっと薄暗い?」


 通路の明かりが段々暗くなっていくのだ。

 本部のみんなが演算室に着くころには、真っ暗になってしまうように調整されているのではないか。

 なんとなくそう思った。


 バベルツリーはグランシード内の各種システムを一定レベルで制御できる。

 これも恐らく、ベルが行っているものだろう。


 まったく、わくわくするね。


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