第24話 バベル祭①

『さあ、すばらしき一日へ! ごあんないするよー!』

「おお! かわいいね一花!」


 執務室にやってきた一花の格好に、私は思わず目を見張った。


 青色を基調とした優雅なドレスを彼女は着ていたのだ。

 いつもの無邪気な幼さとは違う、大人っぽい雰囲気が演出されている。


『ベルが選んでくれたんだよ!』


 バベル祭の準備を通して、すっかりベルと仲良くなったんだね。

 一花はその場でくるりと回った。


「よし、それじゃあエスコートをお願いしようかな」

『どうぞ!』


 私は一花の左手を握る。

 そして一緒に本部大食堂へと歩き出した。

 一旦本部のみんなで食堂に集まり、飲食をして、そこからベルの指示に従うらしい。


 今日はバベル祭当日。現況を鑑みて縮小開催だが、それでもみんなが楽しみにしていた一日だ。

 私の側に立つ小さなお姫様は、お祭りの案内役を買って出てくれた。

 

 しかし、一花がこんなにおめかしをしてきてくれるのだったら、私も格好に気を付けるべきだったか。

 いつものスーツ姿だ。もう少し気合をいれてもよかったかな?


「ま、いまさら気にしてもしょうがない。いつもの私でお祭りに臨もう」

「?」


 一花が首を傾げた。

 

 うむ。大人っぽいけど、いつもの可愛らしさもちゃんとある。


「かんぱーい!」


 食堂からにぎやかな声が聞こえてきた。


 私たちは本部のみんなが集まっているそこへと、足を踏み入れる。


「おお、壮観だね」


 食堂にはグランシード所属のプラント職員が勢ぞろいしていた。


 プランターが集まって戦闘員の唄を歌っている。

 「「「「「プラ!!!」」」」」の大合唱だ。

 なぜか組体操をしている子たちもいる。


 技術部のみんなは連日のゲート修復作業で疲れているだろうに、それぞれが自慢の研究成果を持ち寄って元気に発表し合っていた。

 成果物として特に目立っているのは、ソクラテスの姿をしている大葉だろうか。


 軍事部門の新人さんが祥子に試合を挑んでいる。

 たしか保護区出身の、バラ将軍祥子にあこがれて志願した子だったかな?


「いきますわよおおおお! 令嬢ガトリングパンチ!」

「うおおおお!? 急に殴りかかってくるんじゃねえええええ!!!」


 祥子は少し忙しそうだ。声をかけるのは後にしよう。


 スイカ頭の和装紳士がなにか演説をしている。

 メロン頭の洋装紳士がそこへ割って入った。

 喧嘩を始めた二人を、冷蔵庫ロボットが仲裁している。


 天井近くの空中をキャベツの妖精が飛んでいた。羽がキャベツだ。

 掃除用に雇っているのだが、たまにいたずらをするのが困りもの。

 私もコーラを墨汁に交換されて、ひどい目にあった。


 葛が寄り集まった姿をしているプラント報道部が、お灸の集合体である事務職員へ、ゲート復旧の時期について質問していた。

 あんまりにもインタビューがしつこかったからか、事務職員は煙を吹き出して威嚇している。


 それぞれがそれぞれの理由で、目の前のことに集中しているからか、私のことを気に掛けるメンバーはいない。

 気楽でいいね。


「やあ、くおん。料理はもう食べたかい?」

 

 と言っても、もちろん声は掛けられるわけで。

 声を掛けたのはトウリ博士だった。

 いつもよりなんだか高級そうなローブを着ている。


「まだだよ。なにかオススメはある?」

「世界樹のサラダがおいしかったね。あと宇宙怪獣の刺身がもうすぐ無くなるから食べておくといい」


 それはどっちもごちそうだ。

 一花にも食べさせてあげたいな。


「一花とは本当に仲がいいんだね、くおん」


 食堂に入っても手をつなぎっぱなしだった私と一花を見て、トウリが言った。優しく微笑んでいる。

 私は答えた。


「手をつなぐということは、それだけで楽しいものだからね」

「……一花の声のことで、少し分かったことがある」

「え、そうなの?」

「単純な話さ」


 トウリは一花の方を向いた。

 そして一花に話しかける。


「君に起きていた不具合は言語がうまく出力されないというものだ。これの原因はだよ」

「プラ?」


 一花は少し慌てているのか、デバイスに文字を入力することなく、自らの声で戸惑いを示した。


「ああ、そんな難しい話じゃないんだ。言葉が口に出るまでの間に、言葉を邪魔するナニカがあって、そこで詰まってしまっているとイメージしてくれ。これは魔術的な障害であって、物理的に栓があるというわけじゃないよ」

「プラ……」


 一花は熱心に聞いている。


「邪魔するナニカの具体的な正体は分からない。けれど、対処法はある。君の感情だ。君の喜怒哀楽が栓を少しずつ削っていることが判明した。判明した理由は……この前、君は絶叫しただろう?」

「それってもしかして」


 私は思わず口を開いた。


 一花が絶叫したとき。それは光の魔獣によって私が噛み千切られたときだ。


「くおんの想像通り。あの後に一花を検査したら一連のことが分かってね。いや、なにも絶叫しまくれというわけではないよ。一花、君はこのまま普段通りに生活していればいい。君から溢れ出すいろいろな心が、邪魔するナニカを溶かしていく。たぶん何の前触れもなく、口から言の葉を紡げるようになるだろうね」


 私は自分の右手に振動を感じた。

 一花の左手から伝わってくる。


 この震えは恐怖から来たものじゃない。

 爆発するような喜びから来たものだ。


「プラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


 食堂に満ちた喧騒の中でも、それは一際おおきなものだった。

 周りのみんなが思わず振り返る。


 どうかみんな許してほしい。

 一花はいま、うれしさで心が一杯なのだ。


 こういう絶叫だったら、大歓迎だ。




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