回顧9 邪神

「ああ、記憶は読めるけれども。彼とは直に話してみたかったな」

「……は?」


 すこしずつ、夏の暑さが去ろうとしていた時期のこと。

 とある夕暮れ。

 私と桜は邪神の復活を阻止しようとしていた。


 ……いや、魔獣はどうした? と言われればまったくもってその通り。

 実は私たち2人ですら、事態を把握していない。

 トウリにどういうことなのか尋ねたが、彼女曰く。


「とにかく私の指定した場所に行きなさい。そこでとある男が儀式をおこなっているから、その儀式をぶっ壊すの。いいわね? さあ早く! まじで本当にやばいんだから!」


 トウリって「まじ」とか「やばい」とかの言葉を使うんだ……。

 そんなことを思いながら2人とも図書館を追い出されたので、もう何が何だかさっぱり分からない。


 私たちの住む町からそこまで離れていない山の中。

 木々に隠れるように掘られた小さなトンネル。

 そこがトウリの指定した場所だった。


 トンネルの中を慎重に進み、一つの空間に出る。

 そこに、二人の男女がいた。


 中年の男が仰向けに倒れ、若い女性がその側に立っている。

 女性は、少し悲しそうな顔をしていた。


「おや? 2人連れのヒーローさんだ。残念だけど、もう悪人はどこにもいないよ」

「え、えっと」


 女性は唐突に私たちへ話しかけてきた。

 穏やかな雰囲気を纏った人で、腰ほどの長さの綺麗な黒髪をしている。

 服装は白いセーターに黒いパンツ。実に普通である。


 まったくもって。

 机の上に乗った動物の心臓だとか、壁一面にぶちまけられた赤い血だとか。

 そんなこの部屋の異様な空気に似つかわしくない女性だ。


「悪人はいない、とはどういうことですか? もしかしてその男の人」


 桜が臆せず、女性に尋ねた。


「うん、きみの考えている通り。彼は儀式のために自分の生命力を全て使ってしまったんだ。魂が遠くへ離れた。せめて、私の下に連れて行ってあげたかった」

「あなたは、誰ですか?」

「え? 知らずに来たの?」


 そこは普通に驚くのか……。


「あ~、知識ゼロで来たか~。うーん。分かりやすく言うと、彼が召喚しようとした邪神です。よろしくお願いします」


 よろしくお願いされてしまった。

 さすがの桜も、戸惑いながら話を続ける。


「あ、あのすいません。わたしたちは友達からここに来るよう言われて、やってきました……邪神さん、あなたの目的はなんですか?」

「目的を持っていたのは、死んでしまった彼だよ。私はただ呼ばれただけ。彼の記憶を読んでみると……世界を滅ぼしてほしかったみたいだね」


 女性は気軽に、気楽にそう言った。

 まるで、慣れているかのようだ。

 

「わたしの名前は滝内桜。隣の子は朝森くおんちゃんです。先ほどあなたはわたしたちのことをヒーローと呼びましたが、それはなぜですか?」

「私はたくさんの世界でヒーローを見てきた。まあ、経験則かな? まっすぐで、きれいで、それから危なかっしい。そんな感じがしたんだよ」

「……神様に会うのは初めてです。なにか失礼なことがあったらごめんなさい」

「いいよ、かしこまらなくて。そうだ、すこしおしゃべりでもしない? この部屋は……ちょっと君たちには刺激が強いかな。喫茶店にでもいこうか」


 邪神と名乗る彼女は、ぱちんと指をならした。

 たちまち男性の死体が燃え上がる。


「「!?」」

「彼はここで火葬だ。部屋も燃やしておく。おっ、財布があるね。お布施代わりにもらっていこう」


 以下の会話は、山から下りてすぐのところにあった喫茶店で、邪神とコーヒーを飲みながらおこなったものである。


 あ、私は状況のとんでもなさに圧倒されて、全然話すことが出来なかった。いや大抵の人間はそうなるって……。


「神と邪神に違いはありますか?」

「世界を管理するのが神、好き勝手に動いているのが邪神だね。いつも楽しくやらせてもらってるよ」

「例えばどんなことを?」

「人間のやりたいことを後押しするのが、私のお気に入りかな。どれだけ強い思いを持っていても、力がなければ叶わない。王様になりたければ、王に至る力を。復讐をしたければ、復讐を果たす力を。与えられた力を使って、必死に前へ進む人間の姿を見るのが、私は好きなんだ」


 それはなんだか、ひどく独善的で自分勝手なように思えた。

 けれど、彼女のおかげで助かっている人もいるんだろうな。


「あの、私たちの世界でなにかやりたいことは……」

「心配しなくて大丈夫。少し観光したら、別の世界へ出発するよ。ああ、そうだ。そもそもこの世界は神の召喚が難しい場所なんだ。だから、私のような邪神が将来やってくることは、ほぼありえない。そこは安心していいよ」

「そうなんですね……」

「それを考えると、私を召喚した彼の才能は稀有なものだったなぁ。彼が死んでしまったことは、なかなかに惜しいことだよ」


 この世界からすれば、かなりの安心材料だ……邪神に火葬された彼には悪いけれども。


「君たちが戦っているのは、世界を渡る魔獣か。厄介だね。気を付けるんだよ」

「ありがとうございます。でも、大丈夫です。わたしにはくおんちゃんがいますから」

「2人の未来がどうなるか、それはまだ分からない。だけどこれだけは覚えておいて。どんなことがあっても、物語には続きがある。そしてそこには必ず、幸福の章が存在しているんだよ」


 ……それはどういう意味だろうか?


 だが邪神はそれを詳しく説明することなく、喫茶店を後にした。

 お代は、世界を滅ぼそうとした召喚士の財布からである。


 自分たちの分は、ちゃんと自分たちで出しました!


「!!!!!!?????????」


 トウリに今日あったことを話すと、椅子と一緒にひっくり返りながら驚いていた。

 やっぱりすごい体験だったんだね……。



















 桜が死んだ後のことになる。

 私は邪神と再会した。


「きみは続けることを選んだ。私はそれを祝福する」


 一から組織を作ることは大変で、正直途方にくれていた時、邪神は姿を現した。


「というわけで今からきみは子会社です!」


 私はプラント創設の元手を稼ぐため、邪神の下でいくつかの仕事をこなすことになる。

 どれも泣きたくなるほど大変だった。


 ビックバンを起こす手伝いだったり。

 根源的虚無と戦ったり。

 なんか喫茶店のウェイトレスをやったこともある。


「メイド風のドレスが……最高やな!!!!!!」

「こいつ……!」


 ね、素直に信仰できないでしょ? 


「私のことは闇に住まう神、もしくは暗黒世界に君臨する首領と呼びなさい!」

「この前ちいさな女の子を舐め回したと聞いたぞ、ロリコン邪神」

「その女の子から求められたんだよー!」


 とはいえ、こいつの庇護下のお陰で、いろいろ助かっているところもある。他の世界の神に対抗できることとか、死後の魂の安寧とか。


 それに子会社だとかなんとか言われたが、こっちのやり方に口を出すことはほとんどない。その点でも助かっている。

 元手を稼いだ後は、無理に仕事を振られることもなくなった。


 まあ、仮にプラントが滅んだとしてもあっちは静観するだろうけれど。

 そこはお互いの自由と責任だ。


 それにしても闇に住まう神との付き合いも長くなった。


「くおん、たとえきみが自分を悪だと定義しても、私はきみを尊敬する」


 邪神は前に、こんなことを言っていたっけ。


「プラントは悪でもあり、正義でもある。絶望でもあり、救いでもある。よくぞここまで、様々な色を持つ組織を作ったね」


 腹の立つぐらい、優しい顔だった。


「大丈夫。きみの花壇はとてもきれいだよ」

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