第21話 懇願
『それでは説明に入らさせていただきます、総統』
『支部長共々、よろしくお願い致します』
執務室には特別製のモニターが運び込まれ、そこには今、2人の男女が映し出されている。
初老のコーカソイド系に見える男性は、900世界の支部長。
非常に精悍な顔立ちをしている。
だが、今は緊張に満ちた表情である。
その隣にいる、黒髪のモンゴロイド系に見える彼女は、支部長の補佐役として以前から派遣されていた、技術部員だ。
多くの世界の緑化に対して貢献をおこなった、プラント内でも有名な女性である。
本部が孤立してしまったから、こうやって映像越しでの面談になってしまった。
「うん、よろしく。ああそうだ支部長。900世界の侵攻体化について、最初そのデータを本部に送らなかった件についてだけど、不問でいいよ。自分たちの問題は自分たちで解決したい。結構じゃないか。支部の独立性は尊重されるべきだ」
『……あ、ありがとうございます総統』
もうそんな小さな事を話し合っている段階ではないしね。
900世界に住む地球人たちは、既に侵攻体として覚醒している。
現時点で、数万人が『黒い四面体』となった。
じきに全人類が四面体となり、別次元へと侵攻を開始するだろう。
『総統、まず黒い四面体について判明していることを説明したいと思います』
補佐役の女性が話し始めた。
『四面体は数を増やすごとに攻撃的になります。黒い閃光を放ち、無差別に周りのものを破壊します。いちど四面体になった人間を元に戻すことは、プラントの技術をもってしても不可能であると言わざるを得ません』
「四面体を全て破壊すれば増殖が止まるということは?」
『現地の協力者と共に実行しましたが、駄目でした。また別の四面体がすぐに発生します』
そうなると。
900世界にスイッチが入ってしまった、と判断するしかない。
侵攻体への遷移はもはや不可逆なのだろう。
『で、ですがプランはあります!』
支部長が右手を上げ、発言した。
額に汗をかいている。
『集合的無意識へのアクセスによって、覚醒を遅らせることが出来るというデータを得ました!』
「そのアクセス方法は?」
『催眠術を用いるのです。地球全体に音波催眠を施し、人々の意識に働きかけます。暴力を忌避するイメージを埋め込むのです。先日お送りした資料をご確認ください。必ずや四面体の増殖を抑えられるはずです!』
私の手元には、確かに支部からの資料がある。
だが、別の資料もあった。
この件に関する特別調査委員会は、四面体の増殖スピードが加速している傾向を報告している。
もし本当にそうならば、音波催眠による抑止は叶うのだろうか?
私は支部長に告げる。
「楽観論は排除して。最悪の場合、あと二週間で900世界の人類は四面体に置換されるという推測もある。音波催眠の効果が出るにはどのくらいかかるの?」
『……一か月、かかります。どうしてもそれだけの時間は必要です。ですが! 支部の職員は全力を持って解決策を探しています! 明日、世界を救うアイデアが出て来るかもしれないのです……どうか、どうかあと少し猶予をいただけないでしょうか!」
支部長は頭を下げて、私に懇願した。
周りからの評価によると、彼は普段、落ち着いた雰囲気を持つリーダーとして振舞っているらしい。
だが、いまの支部長はそんな姿をかなぐり捨てて、必死に時間を稼ごうとしている。
時間さえあれば、自分の部下は起死回生の何かを生み出せる。そう信じているのだろう。
本当に、支部のみんなを信頼しているのだ。
「駄目だよ」
けれど私は、綺麗なものを踏みにじる。
「具体的な反証が無ければ、私はもう待つことが出来ない。900世界の地球に四面体が満ちれば、すぐにでも別次元への転移は始まってしまうだろう。そうなったらもう遅い」
プラントの全力をもってすれば、侵攻体を滅ぼせるかもしれない。
いや、そもそも四面体の増殖自体を抑えられるかもしれない。
だが、プラントは他の多くの世界も救い続けなければいけないのだ。
余裕は、ない。
「しばらくしたら、最終的な決定を下すよ。その時の委員会には必ずリモートで出席をお願い」
『お、お待ちください総統! 総統!』
『……』
私は映像のスイッチを切った。
映像の最期には、泣きそうな顔をした支部長と、こちらをまっすぐと見据える補佐役の女性が映っていた。
あの女史の目には、不屈さが見て取れた。
強い子だ。
彼女の下に奇跡が起きて欲しいと、そう思う。
だが、今回は難しいだろう。
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