回顧8 世界を映す花

「あれ? くおんちゃんこれ見て。この種なんだろう?」


 桜と出会ってから半年ほどが経った、ある秋の夜。


 この日私たちは鳥型の魔獣を苦戦の末に撃破した。

 やはり飛ぶというのは、それだけで圧倒的なアドバンテージなのだなと、痛感した。

 

 バレーボールのレシーブみたいに桜を撃ちだし、相手の高度まで上げたのが勝因だろう。

 体育の授業が役に立った。


 鳥型の魔獣が地面に墜落し、消滅すると、そこに一粒の種が残っていた。

 数センチほどの大きさで、全体的に白っぽい。


「これは『白紙』の種ね」


 その後図書館に行くと、トウリが種のことを教えてくれた。


「『白紙』というのは異能の力を持った花のこと。本来あなた達の世界には生えていないはずなんだけど、おそらく魔獣の体に引っ付いて、そのまま次元を渡ってきたのね」

「ねえねえ! どんな力を持っているの!?」


 桜がわくわくしながら尋ねる。

 

 私としては、なにかしら魔獣との戦いで役に立つものがいいな、と思う。しかし本当にドロップアイテムみたいだ。


「何もないわよ」

「う、うん!? トウリちゃんどういうこと?」

「まだこの時点では何もないということよ」


 トウリの説明はこうだ。

 『白紙』は、異能を溜め込むことが出来る植物である。


 例えば炎弾の魔法をこの花に込める。

 魔術的なトリガーを引くと、この花から炎弾が発射される。


 歌を花に込めれば、花が歌いだす。

 記憶を封じ込めば、その記憶を保存できる。


「こんな感じで、一種の保存パッケージとして使えるわ。文字通り、これから様々なものが書き込まれる、白紙のメモ帳というわけね」

「ねえ、トウリ。書き込めるのは一つの花に付き一つなの?」


 ちょっと気になったので、私はトウリに聞いた。


 種はいま、一つしかない。


「そうよ。ぶっちゃけ、そんな大容量を書き込めるわけではないから、魔獣との戦いに使う魔法は入らないわ。戦闘に役に立つとは思えないわね」


 そうか……さっきの例えに出てきた、炎弾を撃つにしても一発だけじゃ正直牽制にもならない。


 良い使い方があるのかもしれないが、思いつかなかった。


「特性として、あと語るべきものは……ああ、この花は次元を渡るのよ。種を別の世界に飛ばして、生息域を広げるの」

「別の世界へ……行く?」


 ふと桜の方を見ると、彼女は何か考え事をしているようだった。

 目を閉じ、一所懸命だ。


「うむうむ……うーん……そうだ!」


 桜は、ばっ! と『白紙』の種を掴むと、そのまま図書館を出ていった。

 あまりにも突飛である。

 急にどうしたのだろう?


「くおん、あとはまかせたわ」

「教えたのはトウリでしょ!?」


 面倒くさがったトウリに責任を丸投げされてしまった、次の日。


 学校でのこと。


「あ、あの。くおんさん」

「どうしたの?」


 教室の片隅で外の風景を眺めていた私に、クラスメイトの女子が声をかけてきた。

 ……いや、ファンクラブは作ってませんよ?

 過剰な人気は無事に消滅したのだ。


「桜さんのことなんだけど」

「え? 桜がどうかしたの?」

「桜さん、風呂敷を背負って学校をうろうろしているのだけど……彼女、なにか悩みでもあるのかな? くおんさんは何か知らない?」


 何をしているのかな桜はー!?

 急いで教室を飛び出し、桜を探す。


 幸い、すぐに見つけることが出来た。

 いや本当に紫色の風呂敷を背にして、廊下を練り歩いている!


「どうしたの桜!?」

「くおんちゃん、おはよう! いま、世界を録画している途中なんだ!」

「?????????」


 ハテナマークが頭を埋め尽くす。

 私は人がほとんど来ない校舎裏に、桜を引っ張っていった。


「世界を録画ってどういうこと?」

「まずは風呂敷の中をご覧ください♪」


 そう言われて覗くと、そこには土の入った小さな鉢植えがあった。

 う、うん? もしかして。


「『白紙』の種をこの鉢植えに植えているの?」

「そのとおり! そしてわたしはこの種に一つの魔法を吹き込んだのです!」


 ぱちん、と桜は指を鳴らす。

 

 すると鉢植えに入った土の上で、ふわりと、映像が生まれた。


 それは私たちの通う、この学校が映し出されたものだった。


「これって……」

「学校だけじゃない! この街の風景を録画して、その映像を『白紙』に運んでもらおう! 別の世界まで!」

「ええ!?」


 それから私たちは、街の中を歩き回った。


 紫の風呂敷はちょっと目立つので、鉢植えはトートバックの中に。


 桜の考えは、『白紙』をこの世界から他の世界へ送る、メッセンジャーにしようというものだった。

 この世界の映像を記録した後、『白紙』が繁殖のために種を飛ばした際に、一緒に映像も運んでもらう。


 別の世界とコンタクトを取ろうというわけではない。

 ただ、自分たちの世界を誰かに知ってほしい。

 桜にとってはそれだけだった。


「ほらほらほら! スズメが電線にとまってる! かわいいね!」

「そ、そうだね」

「あの雲がいいカンジ!」

「普通の雲だよ」

「たんぽぽさんこっち向いてー!」

「なにしてんだか……」


 桜が録画したのは、本当に、本当に当たり前の風景たち。

 でも、桜にとってはそれがとても大切なものらしい。


「どうでもいいものなんて、一つもない。みんなみんな、大切なんだ」


 桜はそう言った。


「お日様の下を歩くこと。風を肌で感じること。遠くにある何かをこの目で見ること。当たり前のことが、わたしにとってすごく楽しい。『白紙』に撮る映像は、この世界にとって当たり前の……けれど、とっても特別でもあるものにしようと思う」


 『白紙』の花が咲いたのは、あの学校での出来事から一週間後。トウリの大図書館でのことだった。

 その花は、虹の輝きを持っていた。


「きれい……」


 私は感嘆しながら呟く。

 

「ああ、くおんちゃん! もう花が種をつけ始めた!」


 花が咲いていたのは一瞬のこと。

 見る間に種をつけ、その種が浮き始める。


「出来た種は20個ほどか。さて、どのくらいの数が別の世界へ渡れるかな? ゼロということもありえるよ?」


 夢の無いことを言うのはトウリ。

 こんなことを言うものの、『白紙』の花を図書館に置くことを許可し、私と桜がいない間は、花の面倒を見ててくれたのだ。


「あのね、この種を辿って別の世界の侵略者が、この世界に来る可能性もあるのよ? そうならないように工夫をこらしてたの。分かる?」

「お世話になります!」


 私は頭を下げた。


「わあ……種が飛んでいく」


 20の種は、それぞれが発光し、ふわふわと上昇していく。

 やがて、種の周りに映像が映し出された。


 この街の何でもないような風景。

 家々、学校、電柱、遠くにある山、あくびをする猫、草むらから飛び出したバッタ、青い空を行く飛行機、道端に咲く花たち。


 私たちが住み、これからも生きていくだろう世界。

 もし、別の世界の人たちがこの風景を見たとき。

 なにを思うだろう。


「綺麗だな、って思ってくれたらいいな」


 思わず、そんな言葉が口から出た。


「ねえ、くおんちゃん。わたしはこの綺麗な世界をいつまでも大切に守っていきたいと思うんだ」

「それは……魔獣から?」

「魔獣もそうだけど、他のいろんなものからも。当たり前って壊れやすいから。だから、大事にしていきたいんだ」


 桜は微笑みながら、私に言った。


 直後、『白紙』の種はひと際大きく虹色の光を放つと、図書館から消え去った。

 どこかの世界へと飛んで行ったのだ。


 侵略者が来るのは困るけど。

 もしこの世界へお客さんがやってきたら。

 なにを見せてあげようかな。

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