第19話 昼と夜

「くおん、私にもハグをしてくれ」

「お疲れさまトウリ……!」


 執務室にやってきたトウリは、目の下に隈を作っていた。

 もちろん抱きしめましたとも。

 感謝の念を一杯に込めて。


 ゲート封鎖を解消するため、技術部は大車輪で努力してくれている。

 本部に所属している技術部員はそんなに多くない。

 日常の業務を進めながら修復もなんて、とても大変だ。


「親愛なる総統の方針だからね、各支部に技術要員を多く配置することは。私は何度も、本部にもう少し要員を増やした方が良いと、ご忠告申し上げたんだが」

「うう……面目ない」


 プラント本部の役割の一つとして、技術者の養成がある。

 各次元から集った才能あるものを、本部内の施設にて教育。

 知識を蓄えたら、適性のある支部に送っている。


 それで、だ。

 支部はとにかく人材を欲している。人間を改造するにせよ、その世界の防衛方法を考案するにせよ、とにかくまず技術が必要なのだ。


 私はある程度教育が進んだら、すぐに支部へ人員を送っている。

 新しい一人が加わることで、その支部が抱える問題が解決するかもしれないからだ。

 プラントの目的は出来るだけ多くの世界を救うこと。

 惜しむことなく、才能をばら撒くべきなのだ。


「それで本部が困っていたら、世話ないね」

「はい……」


 その代わり本部でなにか問題が起こったら、今みたいに苦労することになる。


「前も言ったけれど、一か月はどうしてもかかる。これ以上はむり」

「急かしたりなんてしないよ! どれだけみんなが最善を尽くしてくれているかは、分かっているつもり。各支部への連絡はきちんと取れているし、例え孤立状態だとしても、なんとかなるよ」

「なんとかなる、ねぇ……」


 トウリはドサッとソファに腰掛ける。

 そして眼鏡越しに、こちらへ視線を投げかけた。

 私はすぐ側で立ちながら、それを受け止める。


「この攻撃はどのような意味を持っているのだろうね? くおん、きみは

どう思う?」

「そうだね。こちらを孤立させるという意味では、相手の大勝利だろうね。でも、次の手がこない」

「孤立した、それで終わり、だからね。兵糧攻めというわけでもない。別に敵勢に囲まれていないのだから。攻撃の相手は、一体なにがしたいんだろう」


 なんとかなる、と気楽に言ってしまったが、現在グランシードはある意味で不気味な状態に置かれているのだ。


 光の魔獣が現れてから、なんの異変も起きていない。

 ゲートは壊れたが、それ以外は大丈夫。

 

 なんだか敵に放置されてしまっているようだ。


「トウリ、私がいま考えていることを言っておく。敵がどのような意図を持っているにしろ、私たちは、私たちの日常を送るしかない。過剰な危機感は、いたずらに不安を煽ってしまいがちだ。それによって生まれるパニックこそが、相手の狙いなのかもしれない」


 適度に警戒し、適度に安心する。

 それが一番いい。


「なるほどね。ああ、ちょっと嫌な話をすると、裏切り者の可能性も考えないといけない。自らの利益のために相手側に協力した奴もいるかも、だ」


 トウリがニヤニヤしながらそう言った。

 うう、あんまり考えたくないけど、それの洗い出しも進めなくちゃいけない。


 目先の益のために動く子も、ある程度いるだろうからね。


「くおん、それじゃもう一度ハグをしてくれ」

「何度でもどうぞ!」


 その後の会話は、ハグをしつつ行った。












 その日の夜のことだった。


 私はゲート封鎖によって発生した諸々の書類に一区切りつけ、仮眠室へ入った。


 執務室に併設された仮眠室は、シャワーとベッドだけがある簡素な部屋だ。

 自室に帰るのも億劫になると、よく利用する。


 シャワーをサッと浴びると、早々にベッドの中へ。

 あっという間にすやすや眠ってしまった。


「プラ……」

「ん?」


 ベッドの中で、誰かが私の体をまさぐっている。

 パジャマの下にある、お腹や足が直接撫でられる。


 はて? なんだろう?

 目を開くと。

 そこには一花がいた。


「どうしたの一花?」

「プ、プラ!?」


 黒い髪と可愛らしい顔が、自らの驚きで揺れる。

 おかしいな。仮眠室……は忘れていたにしろ、執務室にはきちんとカギをかけていたはず。


『あのねあのね。トウリにやってもらったの』

「ああ、なるほど」


 一花が入力した文章を見て、すぐに理解した。

 

 昼間にやってきたトウリが、その時なにかしらの細工をカギに施していたのだろう。例えば、一花だけは通れるようにしたとか。

 

 トウリも優しい子だ。

 ああ。そもそも一花を最初に、私のところにやったのもトウリだ。いろいろと親しみを、一花に持っているのかもしれない。


「それで、えっと。一花、あんまりナデナデされるとくすぐったいよ。手を離してくれると助かるのだけど……」

『やだ!』


 一花は私が起きてからも、右手でお腹を撫で続けていた。

 器用に左手でデバイスに入力している。

 もしかして両利き?


『わたし、総統のキズが気になって』

「キズ? キズって……」

『怪物に襲われた時の!』


 一瞬、本気で分からなかった。

 そうか、光の魔獣と戦ったときのことか。

 私の半身が喰い千切られてしまった、あのとき。

 

 そうだった。

 一花は絶叫していた。


「あ、ああ……そうか。そうだよね」


 どうして気づかなかったんだろう。

 気づくべきだったのに。

 

 私は一花の小さな体を、ぎゅっと抱きしめた。

 一花はこんなに小さくて、そしてまだ心は子供なんだ。


「怖かったんだね」

『総統が死んじゃったかと思った。わたしの目の前で、総統がいなくなると思った。総統は元気だってみんな言ってたけど、本当なのか分からなかった。わたしが大ロビーを出た後で、死んでいたらどうしようって考えてた』


 腕の中におさまっている体が、静かに震えている。

 

 私は自らの不死身さに慣れきって、それが周りからどう見られているのか、ということを考えるのが疎かになっていたのだろう。


 そのせいで一花をこんなにも不安にさせてしまった。


「私は、先生失格だね」


 一花が今も私の体を撫でまわしているのは、キズがどうなっているか確かめるため。

 周りから、総統は無事だ、と言われても実際に確かめてみるまでは安心できなかったのだろう。

 だから、今夜私のベッドへやってきた。

 

 トウリは、今夜私が仮眠室で寝るだろうとアタリを付けていたのだろう。

 仮に私が寝室へ行っていたとしても、何らかの対処はおこなっているに違いない。


 それにしても、一花には本当に悪いことをした。

 なにか罪滅ぼしは出来ないだろうか。


『おねがいがあるの』

「う、うん! なにかな?」


 そんなことを思っていると、タイミングよく一花がそう伝えてきた。


『あんまり寝れてないの。だから、しばらくの間、総統と一緒に寝ていい? そうしたらぐっすり寝れると思う』


 うつむいて、こちらの顔は見てこない。


 一花はいつもプランター寮にある、寮長の田中さんの部屋で寝ている。

 これは田中さんに連絡を入れないといけないな。


「いいよ。一花の好きなだけ」


 一花は私のその言葉を聞くと、震えるのを止めた。

 そして私の顔をしっかりと見つめる。


「プラアアアアアア!!」


 デバイスに入力する手間も惜しいとばかりに、抱き返してきた。

 

 良かった。喜んでくれているみたい。

 

 一花はその後すぐにすやすや。

 私は彼女の寝息を聞きながら、目を閉じた。

 


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