第18話 されど我らの歩みは止まらず
結果だけを言うならば、グランシードは他の次元から切り離されてしまった。
本部内にある次元間ゲートは軒並みショート。
単なる置物になった。
原因は光の魔獣。あいつが無理やりゲートをこじ開けたせいだ。
ゲートを通るのにはパス(物質的と魔術的の双方がある)を持っていなければいけない。
もちろん魔獣は所有していない。そのために、連鎖的に故障が発生したのだ。
「報告によると、ゲートの復旧にはだいぶ時間がかかるみたい。こちらの時間単位で、一か月」
私はため息をつきながら言った。
思った以上にやらかしてくれたみたいだ。
総統執務室の椅子に腰かけながら、さてどうしたものかと眉間を揉む。
バラ将軍、水仙子爵、バベルツリーがそんな私を申し訳なさそうに、見つめている。
「月並みな言い方だけど、ボクたちが居ながら……だよ」
「さすがのわたしも反省しなきゃだねー」
うーん、こういう時こそ私がしっかりしないと。
みんなを不安がらせてはいけない。
「まあ、人的被害がゼロで良かった。ゲートも最終的には直るんだから、それでいいじゃない。物資も十二分に余裕があるし、なによりマルチバースに散らばる支部にはきちんと連絡がとれる」
そう、通信網が何事もなく維持されていることは僥倖だ。
グランシードの現況を知らせ、各支部に業務の続行を指示できた。
支部の一部からは現業務を停止し、全支部の総力を挙げて本部を救済すべしという声が出た。我らが総統の危難を払わずして、何が大結社プラントか、と。
それは絶対に駄目だよ、と私は叱った。
例えば820世界は殺人ウイルスが蔓延し、文明が崩壊しかかっている。ワクチンは完成間際だ。一刻の猶予もない。
2006世界は魔王が25万体も出現し、神すら見放した。生き残りは数十人。当該支部の全力で救済すべきだ。
GY世界は次元と次元の衝突によって、住民全員が多重人格者になってしまった。やがて、人格を2億3千万も保有する男が世界征服に乗り出す事態となる。彼が次元の壁を越える可能性があるか、レポートを作成し、提出する義務がある。
プラントには、やらなければいけないことが沢山ある。
私を心配してくれることは、とても嬉しい。
だけど、目の前の大切な仕事を放り投げちゃいけない。
プラントの意義は人類救済。
たとえどんなことがあっても、人類種を守る。
極端なことを言えば。
私が死んでしまっても、あなた達は自分の仕事を全うしなければいけないんだ。
「くおん。頼むからよ、自分が死んでもいいなんて言うな」
「……ごめんね、祥子。少し言い過ぎた」
祥子に各支部への通達内容について窘められた。
なんだか興奮して口がすべった。私もまだまだ、だね。
やれやれ、といった感じで祥子が話し始めた。
「とにかく、とにかくだ。わたしたちだけでゲート封鎖に関する諸問題を解決しなきゃいけない。これは総統からの決定事項だ。幹部陣はこの部屋に集まっている、
「祥子は、5人組を追うために出撃する直前だったからね。ここにいてくれて良かった」
私はそう言って、祥子に微笑む。
「はいはいはい! ボクは!?」
「ふふ、仙もいてくれて良かったよ。本部内にある諸々の仕事を手伝ってくれると助かる。事務方のみんなも、支部に出張中の子が多くてね。どうしても人でが足りない」
「任せてよ! プラントがまだ小さかった頃は、それこそなんでもやらないといけなかったからね! 腕が鳴るよ!」
そうか、ある意味昔の状況に似ているのか。
みんなで頑張らないと、すぐ敵に喰い潰される危険性があった、あの頃。
大変だったけれど、それでも頼りになる仲間がいたから大丈夫だった。
あの頃を思い出して、今回も頑張ってみよう。
「……ああ、そうだ。ねえ、くおん」
「うん」
「900世界の処置はこのまま進める方向でいいね?」
「うん、お願い。処置の機材は当該世界に搬入済み。私からの指令があれば、すぐにでも起動する」
「委員会は招集ではなく、映像形式になるね」
「900世界の支部員には、直接会って話したかったけれど……でも時間はない」
「資料は揃っている。議論をして、結論を出す」
大事な仕事の予定も、変更を強いられてしまった。
あの時は光の魔獣のことを、どうでも良いと思ったけれども。
こうなると、憎々しく感じてしまうね。
「はーいはーいはーい! バベル祭のことなんだけれど!」
「ベル!? 今は祭りのことなんかいいだろ!?」
ベルの言葉に祥子がツッコむ。
今まで俯き加減に話を聞くだけだったベルが、元気よく発言してくれただけで私としては嬉しかったのだけれど……さて、この件はどうしたものか。
「……だめ、かな? くおんちゃん」
「ううむ」
いつも溌剌としたベルには似つかわしくない、なんともしおらしい顔だった。
「ベルはとっても、お祭りが好きなんだね」
「うん。わがまま言ってごめんね、くおんちゃん。大変な今の状態を無視しろ、なんて言わない。いつもよりずっと、ずっと小規模でかまわないんだ。事態がある程度おさまった後に開く、お疲れ様パーティーみたいな感じでいい」
「優しい子だね、ベルは。みんなのことをきちんと考えている。ずっと緊張が続いていたら、参ってしまうよね。だから、楽しいことも忘れない」
私はベルの隣に移動した。
そのままベルの頭を撫でる。
「くすぐったいよ……」
「バベル祭、今回は控えめにしよう。その代わり。次回は今まで一番豪華ですごいお祭りにしよう。約束する」
「くおんちゃん……」
ベルの手が私の背に回る。
ぎゅっ、と抱きしめられた。
なんだか甘えんぼさんだね、今日のベルは。
私が襲われたことに、少しショックを受けたのだろうか。
ぽんぽん、と彼女の背中を叩いてあげた。
「……いいなぁ」
むむ、仙が羨ましそうな目で見ている。
「……」
祥子も、何も言わないけれど、ちらちらこっちを見ている。
「よっしゃ! 全員抱きしめたる!」
瞬間移動を駆使し、祥子と仙を抱きしめた。
「「!!??」」
これから頑張ってくれる幹部陣へ、先払いの報酬である。
ありがたく受け取ってほしい。
今回の事態が一体どのような流れで起こったのかは、まだ分からない。
しかし何するものぞ、だ。
我らの歩みは決して止まらない。
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