第17話 襲撃

 カワセミ、蝉、カエル、バッファロー、イルカ。

 光の魔獣は変わり続ける。

 あの時と同じく。

 桜が死んだ闘いの、あの時と同じく。


「なんで……」


 私は、動けない。

 心が、動けない。

 

 驚愕によってこうなってしまうのはいつぶりか。これまでのそれなりに長い人生で、驚くべきものはたくさん見てきたが、まだまだ世の中は広いということか。

 いや、そんな無駄なことを考えている余裕はない。


「総統あぶない!」

 

 どこからか声がする。ドラゴンキュウリだろうか? 確かにあぶないだろう。光の魔獣はこちらに近づいてくる。

 

 時に四本足、二本足、ヒレ。ヒレでよく歩けるな?

 私は自分の膝の上に乗せた、一花の頭を見た。

 この子を守らないと。


「ゴグギャアアアアアアアアアアアアア!!!」


 魔獣が一気に駆けだした。私たちが座っているソファーへと。

 魔獣の口は際限なく大きく開かれ、白光の煌めきに満ちた口内が丸見えだ。

 

 あと一秒で、私と一花は呑み込まれるだろう。

 だとするならば。

 私のやることは決まっている。


「一花のことは頼んだ!」

 

 一花を掴み、放り投げる。

 ドラゴンキュウリの下へ。

 

「え!? うおおおおおおおおおおお!!!!」


 うまく一花の背中からキャッチできるように放り投げたが……よし。うまくいった。

 

 ちょっとだけ、ほんの少しだけキュウリ君の手が一花の胸に触れたような気がしたが、まあこの状況だ。仕方ない。でもごめんね一花。

 私は前を見た。


「ガギガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 まったく。相変わらず下品な叫びだ。

 丸のみされるのも癪なので、体を少し右にずらした。

 

 ずちゃり。

 

 半身が引き裂かれるのを感じる。

 魔獣はライオンの姿。光の牙で、器用に私の肉をえぐり取った。


「あ、左半身」


 思わずそう呟く。

 あのときの桜と同じく左半身を、失った。

 

 こう思うのは気持ち悪いかな?

 なんだか、嬉しい。


「プラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 一花が叫んでいる。悲しそうに、叫んでいる。


















「あ、普通に大丈夫だから安心してー!」

「プラ!?」


 私は残った右手を元気よく振った。


「みんなー! 一花を安全なところまでおねがいー!」

「あの人やっぱりすげえな!」

「一花ちゃん、後は総統に任せて逃げるっす!」

「総統だけでなんとかなるでしょう」


 ドラゴンキュウリ、Xトマト、ナスボーグは、一花を連れて一目散に大ロビーの外へ向かった。

 

 見渡すと、他のみんなも全員避難したみたい。

 これで一安心。

 さて。


「!!!!?????」


 おーおーおー。光の魔獣が混乱している。

 

 自分が半身を引き裂いたはずの女が、なんだか妙に気楽な感じでニコニコしているのだから、当たり前か。

 

 腸がでろんと、だらしなく地面に広がっている。

 赤い血が際限なく吹き出している。

 それでも私は生きている。割と平気である。

 

「警備の子たちの手を、煩わせることもないよね」


 まずは軽いジャブ。指をパチンと鳴らした。


「……ゴギイイイイイイイイイイイイ!!!!!?????」


 ライオン姿の光の魔獣は、腹を抑えて苦しみ始める。

 腹の中に入った、私の左半身を爆破したのだ。

 痛みに耐えかねてか、変化が止まっている。


「ちょうど肺あるから投げるか」


 ぶちっ、と自分の肺を取り出し、遠慮なく投げつける。

 肺は次の瞬間、数十メートルほどの魔獣を覆いつくした。

 袋のネズミだなぁ。


「ほい着火」


 私の一声と共に、魔獣を包んだ肺は、炎上する。

 

 私の肺は頑丈かつ防音だ。あいつの下品な叫び声は外に漏れ出ない。

 あまりどたばた暴れられても、大ロビーが壊れてしまうので、10秒くらいで消してやろう。


「次はこれかな」


 右手に、10メートルサイズの、花と草で構成された槍を生成する。

 必殺技っぽいでしょ?

 

 えいやと投げつけた。

 何の苦もなく、光の巨体を貫いた。


「ギ……ガ……」


 満身創痍になるのが早くないか?

 別にさっさと死んでくれてもいいけど。

 

 お前に対して、私は特段大きな恨みを持ってはいない。

 桜の死で悔やむことは、とにもかくにも、私の未熟だ。もっと気をつけていれば。もっと私が強ければ。

 

 今も心を苛むのはそれであり、目の前で断末魔を迎えようとしている奴に関しては……正直どうでもいい。


「ガ……」


 光の体が崩れていく。

 それは昇天するが如くの、荘厳な雰囲気。


「右手に集まれ」


 光は私の手のひらに結集。

 卵ぐらいの大きさになっていた。

 

 いやおまえ。なんかカッコよく死んでんじゃないよ。しっかりとプラント技術部のみんなに調べてもらうからな?


「ふう。終わった」


 一息を入れると、肺が無いことに気が付いた。

 肺が無いと呼吸がしづらい。

 

 でもわざわざ肺だけを再生させるのもめんどい。だったらしばらくこのままにしておこう。久しぶりに半分だけの体を楽しもうじゃないか。

 

 人生の醍醐味は、こういった細やかなことに楽しみを見出すことである。

 

「総統、大丈夫か!?」


 おや、祥子がこちらに走ってくる。

 私は空中に浮かんで出迎える。

 ああ、血はもう止めておくか。


「半分こになっちゃった」

「大した敵、じゃなかったか。それでも、わたしの責任だな。すまない」

「気にしないで。いい運動になったよ」


 ああ、それにしても。

 大した敵じゃない、か。

 確かにそうだった。

 

 あの時は自分たちの全部をかけて、戦ったのに。

 今は簡単に勝つことが出来た。

 

 本当に、遠いところまで来たんだな、と思う。強くなった、では済まされない。化け物になった、と言うべきだろう。

 そのこと自体は悪くはない。おかげで守れるものが増えた。

 

 だけど、さすがに桜も怖がるかもしれないな。

 半分こになっても笑っている、私を見たら。


「光の魔獣だったよ」

「……桜を殺した、あいつか?」

「5人組やカルテルが関わっているのか、それは分からない。でも思った以上に事態は複雑かもしれない」

「桜のことを知っている、のか。厄介だな」

「桜のことは特段、秘密ではなかったからね。知られていることは別におかしくはない。でも光の魔獣で攻撃してくる意図が読めない」

 

 ぴんぽんばんぽーん。

 なんだか気の抜けたチャイムが鳴った。


「うん?」

『怪物くんはとりあえずの成果を発揮したみたいだよー。後ろをご覧くださいー」


 ベルの声だ。後ろ?


「あー」

「マジかよ……これは、こまった」


 私と祥子が同時に呻く。

 

 グランシードの大ロビーに鎮座するゲート。

 門の内側が真っ暗になっていた。

 明らかに壊れている。


 『グランシードの全ての次元間ゲートが故障中だね。さて、どうしたものか?』

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