回顧7 光の魔獣

 桜と出会ってから、11ヵ月ほどが過ぎた頃だった。

 

 この頃になると、大抵の魔獣はそこまで脅威ではなく、比較的簡単に退治できるようになっていた。

 平均対処時間は、5分程度。

 

 だから、桜と過ごす時間は魔獣と相対するそれよりも、会話を重ねる時間の方がずっと多くなっている。


「お花見したいよねー、くおんちゃん」

「今年の桜の花は、いつぐらいに咲くのかな。ここら辺で名所といえば……」

「近くの公園の桜の木、おすすめだよ?」

「いや、どうせ見るならもっと良いところがあるよ」

「だって、わたしたちの約一年を見続けてくれた木だよ? いつも通う公園、いつも見上げる木。それだけでなんだか特別な意味を持つとは思わない?」


 こんな、なんでもない会話を楽しんでいた。

 私にとって、桜といるのが当たり前。

 正直、出会う以前を思い出すのが難しくなるほど、桜との時間は濃厚で且つ充実していたのだ。

 

 だけど。

 それも終わる時がやってくる。

 やってきてしまう。


「おかしな魔獣がいる?」

「そう。二人とも気を付けて」


 大図書館で漫画を読んでいると、トウリが少し真剣な目をして私たちに警告した。

 桜は漫画を机に置き、トウリを真正面から見据えた。


「トウリちゃん、それはどんな魔獣?」

「……形容しがたい。文章に常時接している私がこういう言葉を使うと、それは敗北ではないかと思われるわね。でも、実際に表現しにくい。お手上げよ。、としか言いようがないわ」


 曰く、そいつは常に変化をし続ける、白い光のかたまりらしい。

 

 これまで出現してきた魔獣はどれも様々な姿かたちをしていたが、基本動物を模していた。

 

 だが、トウリが最近観測した魔獣は、それらと比べるとあまりに異質だった。

 狂気的、とすら言える。

 

 数十メートルほどの白光が、数秒間隔で色々な生物の形に変わる。

 鹿、鯨、ゴリラ、蜘蛛、鷲、トカゲ。

 パターンは見いだせず、全てが不規則。こちらの世界空間に出現したり、消失したりを繰り返す。


「分かったよ、トウリちゃん。わたしも気を付けてみる。今までとは全然違うね。少し、こわい」


 こわい、と桜は言った。

 私はそうは思わなかった。

 

 確かに警戒はすべきだろう。よくよく観察して、相手の弱点を探らないといけない。

 しかし、恐怖という感覚は覚えなかった。むしろ、歯ごたえのある敵が出てきて腕がなるとすら思えた。

 

「絶対大丈夫だよ、桜」

 

 私は桜を励ますつもりで、そう言った。

 いつも桜が勇気をくれた言葉を、私も彼女に返したかった。

 

 ……くそが。

 私は何を言っているんだ。


「……信じられない」

「くおんちゃん、あれはちょっとまずいかもね」


 光の魔獣を初めて見たとき、私は戦慄した。

 

 想天を開き、コピー空間に対象を隔離。半径数百メートルのドーム状空間には誰もおらず、後は魔獣を叩くだけ。

 

 ここまではいつもと同じだった。

 しかし。


「こいつすぐ回復する……!?」


 私たちが殴っても蹴っても、すぐに形が変わる。

 

 目を覆いたくなるような眩しさに包まれた魔獣は、多少怯みはしても、形さえ変われば今までのダメージが無くなったのかのように暴れ続ける。

 

 これではいくら攻撃をしても無駄だ。

 もちろん相手も反撃してくる。

 

「鯨の潮! 蜘蛛の糸! ゴリラのドラミング! ドラミングうるさい! キミはなんでもありなのかな、魔獣くん!」


 桜は余裕を装っているが、装っているだけだ。

 

 潮も糸もすべてが白い光。当たれば激痛。次に来る技が予想できず、厄介なこと限りない。

 

 この魔獣は。

 ありとあらゆる面において、他の魔獣とは隔絶している。


「……むしろ深追いをしなくて正解だった。二人が図書館に無事戻ってきてくれて、よかった」


 結局、最初の攻撃は失敗し、光の魔獣を取り逃がした。

 次の日、学校の同級生が行方不明になる。

 去年の夏に、私たちが悪夢から救った女子生徒だった。


「わたしは、よわいよ」


 桜がそう呟いた時の顔を、私は覚えていない。

 桜の顔を見る勇気が、なかった。


「桜。くおん。これだけは忘れないで。そもそも二人には魔獣を倒す義務なんてない。逃げ出したっていいの。魔獣が世界に溢れたって、いいじゃない。どうせ誰かが対策を見出して、魔獣退治が世界の日常になるわよ。どうして貴方たちが傷つかないといけないの?」


 トウリはそう言ってくれた。

 それでも私たちは止まらなかった。

 

 光の魔獣に何度でも戦いを挑んだ。

 季節は春の入り口。少しずつ暖かくなる夜の風に、自分たちの血を混ぜていく。

 家にも帰らず、家族からの連絡にも答えない。

 

 ずっと二人きりで、走り続ける。

 

「だいすきだよ、くおんちゃん」

「私もだよ、桜」


 この言葉も、お互いを鼓舞するための、戦いのための物だった。

 

「これで18回目……桜、相手の技はだいたい覚えた?」

「うん。これで終わらせよう」


 そして、その日が来た。

 それは街の死者が5人になった日。

 もうすぐ夜明けが始まる時。

 

 私たちは、光の魔獣が人間をゆっくりと咀嚼している光景を見つめていた。

 これが唯一、魔獣が隙を見せる時間だった。

 人間を食べているときは変化しない。今は巨大なライオンのままだ。


「わたしはもうなにも正しくないね」


 もう桜の顔に笑顔はない。

 人間が喰い殺されるまで待つという案を出したのは、桜だった。


「私もいっしょだよ」

 

 桜の手を握り、私は答える。ここまで一緒に夜を駆けたのだ。同じ罪を、どうか背負わせて。


「いこう」


 私の声と同時に桜は飛び出す。私は想天を展開。

 桜の音より早い体当たりが、魔獣の頭部に直撃する。

 

 まだ人間は口の中、呑み込むまでは変化せず、回復もしない。

 殴り、蹴る。私は桜を加速させる魔法をかける。

 加速、加速、加速。

 

 果てしない速さで、桜は舞い続ける。


「ゴギャアアアアアアアアアアアア!!!!」


 魔獣は光の血を吐き出して、絶叫した。

 光の凝固体という、ある意味神秘的な姿には似つかわしくない、下品さを感じるものだった。

 

 お前にはそんな声がふさわしいよ。私はそう吐き捨てる。

 

「……魔獣が、崩れる。勝った……勝ったよ、桜」


 終わってみれば何ともあっけない。光の魔獣は散華した。

 同時に、朝日が昇る。

 魔の光は滅び、あるべき光が世界に満ちる。


「桜……桜!」


 肩を息をする桜の下に、私は走る。

 これで終わった。

 これで今までの日々が帰ってくる。

 

 ああ、そうだ。一緒にお花見に行こう。近くの公園に咲く桜の木を、大好きな友達と一緒に見るんだ! 

 それだけじゃない! やりたいことはいくらでもある! 


「桜……!」


 だいすきだよ。

 そう、言おうと思った時だった。

 どうして気づかなかったのだろう。

 

 連続攻撃後の疲れで意識が朦朧としていた桜ではなく、バックアップに努めていた私が気づくべきだったのに。

 ほんの少し、私が注意を払っていれば。


「……あぶないくおんちゃん!」


 光の魔獣はまだ消滅していなかった。

 消え去る寸前、最後の一撃を放った。

 

 自分の体をビームして、私たちを攻撃した。

 桜はどんっ、と私を押した。私がビームの射線にいたから。

 私は射線から押し出され、代わりに。


「桜?」


 桜は左半身を吹き飛ばされていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る