第16話 門から出づるもの

 一花が私の膝の上に頭を乗せ、すやすや眠っていた。

 

「今日はおつかれさま、一花」

「プラ……プラ……」


 かわいい寝言を呟いている。

 

 場所はグランシードの大ロビー。そこにあるソファに座りながら、周りの風景を眺める。みんな忙しそうに、けれど活気に満ちながら往来をしていた。

 

「一花の戦闘訓練の結果は上々と……」


 一花は今日、基礎的な体術を学んだ。

 

 私は報告という形で聞いただけで、実際に見てはいないのだが、充分合格点を与えることが出来る結果だったらしい。

 

 ピーマンは食べれないが、人を殴ることは出来る。

 一人で夜トイレに行けないが、ナイフで人を刺すことが出来る。

 

「……えらいぞ、一花」


 私は一花の頭を撫でた。

 

 幼さと反比例するように向上する、戦いのための技術。

 随分とギャップがあるが、それに対して私の心が大きく動かされることはない。

 

 そういったことに動揺する時期は、はるか昔に通り過ぎてしまった。

 今はただ、ああこれも悪い事の一つだな、とぼんやり思うだけだ。


「……うむ?」

「よっしゃビールいくか~~~!」


 大ロビーに、ひと際元気のある声が響く。

 あれは……ドラゴンキュウリにXトマト、ナスボーグだ。

 ゲートのど真ん中を通り、本部に帰還した。

 ビールうんぬんは、ドラゴンキュウリだろうか。


「く~~~。まさか出張先で世界を救うことになるとは思わなかったな」

「魔法少女ちゃん達、みんな可愛かったっすねー。連絡先を交換できなかったのが悔やまれるっす」

「Xトマト、それは無粋というものですよ。ぼくたちはあくまで通りすがりであり善意の第三者。颯爽と現れ、少女たちを救う、不思議なおじさまたち。それでこそ! 少女たちの青春の一ページに刻まれる、素晴らしき思い出となるです!」

「ナスボーグ、ラスボス戦まえに『体のネジに油をささないと……』って逃げ出そうとしてたのは誰だ?」

「さ、最後には、憎悪の結晶へミサイルを叩き込んだでしょう!?」

「オレッちもトマト爆弾をあいつの口に投げたっすよ。あの娘たち、最初はオレ達を見てびっくりしてたけど、別れる時は笑顔で手を振ってくれたっすねー」


 話を聞くに、なかなか有意義な出張だったらしい。

 よかったよかった。


「みんなおかえり……」


 そう声を掛けようとした時だった。

 ゲートが、揺れた。


「……?」


 ゲートの中にあるのは、こちら側の世界とあちら側の世界をつなぐ、光のカーテン。

 

 そのカーテンに、波紋が広がった。

 今まで見たことがない、光景である。


「なにか、くる」


 直観としてそう感じた。

 

 その勘が正しかったことは、すぐに証明される。

 カーテンが、ぶち抜かれた。


「…………………………………………………………は?」


 一体いつぶりだろうか?

 一瞬とはいえ。

 体が動かなくなるほど驚愕するのは。


「お、おい!? なんだあれ!?」

「ゲートからなんか出てきた!? どこの部署の怪獣だ!?」

「あいつ管理されてない! みんな逃げろ!」

「光ってる……!」


 それは光で出来た生命だった。

 白光が寄り集まり、不定形に蠢いている。

 

 鹿、鯨、ゴリラ、蜘蛛、鷲、トカゲ。

 数十メートルの巨体が、刹那に姿を変えていく。

 奇妙な存在だった。

 

 ただ。

 重要なのはそこじゃない。


「なんで……」


 どうして。

 桜を殺した魔獣がここにいる?


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る