第15話 試合

「ぴーぴー泣くんじゃないぞ?」

「もう! いつのことを言ってるのさ!」


 バラ将軍祥子水仙子爵、二人が戦闘訓練室で向かい合っている。

 二人ともラフな運動着を着ており、周りを漂う雰囲気も、実に気楽なものだ。


『二人ともがんばれ!』

 

 訓練室の外、室内の様子を映像で見ることの出来る、モニタールームに私と一花はいた。

 

 ことの起こりは祥子が仙に対して「体がなまってるんじゃないか?」と声を掛けたことから始まったらしい。

 最近いろいろと忙しかった仙も、体を動かすことがストレス解消になると考え、祥子との殴り合いを了承した。


「二人とも、ケガが無いように気を付けてね」


 訓練室内に、私の声がスピーカー越しに響く。

 

 殴り合いと言っても、ちょっとやそっとのダメージでケガをする程、幹部たちの体はやわじゃない。

 回復しようと思えばすぐに自己再生できるし、痛みも大部分はシャットアウト可能だ。

 

 常人が見れば殺し合いでも、当人たちからすれば、じゃれ合いである。


「よし準備は出来たね……それじゃ、はじめ」


 私のその一言と共に、二人は一斉に動き出した。

 

「氷に裂かれてしまえ祥子!」

「まずは穴熊ァ!」


 仙は自らの周りに氷の結晶を多数作り出した。キラキラと輝く、鋭利なナイフだ。

 

 それを一気に、祥子へ向けて射出する。

 

 だが、祥子にそれが届くことはない。

 氷のナイフはすべて、張り巡らされていた蔓によって、防がれた。

 将棋の穴熊のように、強固な防御が築かれていたのだ。


「仙が攻め手、祥子が守り手だね」


 二人が戦うと、大体このパターンになる。

 

 仙の性質として、彼女は戦場を初手で支配しようとする。積極的に攻撃し、相手に反撃の隙を与えない。

 対して祥子は、そんな仙の攻撃を受け止めて、逆転のチャンスを探る。

 

 そして、お互い勝ったり負けたりだ。

 二人はプラント創立時から一緒にいる、いわば幼馴染である。

 相手のやり方は知り尽くしている。


「このまま防いでいてもじり貧だよ! どうする祥子!」


 確かに仙の言う通り。彼女は何時間でも氷のナイフを生成し続け、投射を続行できる。

 

 一方祥子の蔓は、再生スピードを上回るダメージの連続で、ぼろぼろになりかけていた。


「こうするんだよ!」


 その叫びに答えるように、蔓が弾けた。

 

 全ての蔓が破裂したかと思うと、そこから氷の粒が飛び出す。

 なるほど。攻撃を受けながら、蔓の中に相手の氷を貯めていたのか。

 

 粒は弾丸となって、仙の下へ疾走する。

 そして彼女の体を切り裂き、転倒させた。


「がぁ!」

「いくぞ仙! おらぁ!」


 このチャンスを逃すバラ将軍ではない。

 一瞬で距離を詰め、ひっくり返った仙に馬乗りとなった。

 そして拳を顔面に叩きつける。

 

「ぐ!」

「さあ、耐えてみろ!」


 拳の雨は、止むことなく降り注いだ。

 仙はその場から動けず、必死に攻撃を防ぎ続けるしかない。

 攻守は逆転した。


『すごい……あんなに強くなれる気がしないよ……』

「う~ん、適材適所だねそこは」


 一花が二人の戦いに圧倒されながら、タイピングをする。

 まあ、幹部には幹部の、戦闘員には戦闘員の闘い方というものがある。

 

 まずは、一人で突出しないとか、相手のことをよく見るとかの、戦闘のイロハを勉強しよう。


「祥子の書いた戦闘教本を後で渡してあげるよ」

『祥子の本? なんだかイメージと合ってなくて変な感じ……』

「あの子はプランターを使った戦術の第一人者でありまして」


 おっと、閑話休題。

 モニターに目を移す。

 どうやら、仙の防御が息切れしかけているようだ。


「あれだけえらそうな口をしていてもう降参かよ仙!」

「……」


 祥子の赤髪と仙の銀髪。

 二つの鮮やかな髪の色が、殴打と共に揺れている。

 

 このまま行けば祥子の勝利だが、仙もなにかもう一手隠しているように思えた。

 それは恐らく……。


「毒だったら、効かねえぞ」

「……そりゃそうだろうね」


 二人の周りに、いつのまにか薔薇の花びらが舞っていた。

 

 数は数百。

 地面に落ちることなく、ただ空中でひらひらと踊っている。

 

 よく見ると、花びらは徐々に黒くなっていく。

 腐りはて、崩れていく。


「おまえが空中にばら撒いた毒は、花びらが吸い取ってくれる。さて、どうする?」

 

 仙は氷使いであり、毒使いでもある。

 

 百花繚乱の毒物たちは、水に混ぜるのもよし、空気に混ぜるのもよし。

 使い方は自由自在だ。

 仙はこういった搦め手も得意である。


『でも、それも祥子には通じてない……』

「ここからが腕の見せ所だね」


 仙は変わらず、祥子が馬乗りの状態。

 このまま殴られ続ければ、体力が尽き、降参するしかないだろう。

 

 だが、仙の目にあきらめの色は見えない。

 もしかして。

 空中の毒は何かのブラフ……?


「さてどうする、だって……? 祥子! こうするのさ!」


 がばっ! と仙は起き上がり、一気に祥子へ顔を近づけた。

 これはまさか!?


「待て仙! まて……うぷ」

「……」

『えええええええええ』

「おお!」


 モニタールームにて驚く一花と私。

 一方、訓練室内は。

 時間が止まったかのような静寂だ。


「おま、え」

「……」


 仙が祥子に、キスをしていた。

 唇が唇を、隙間なく埋めてしまっている。

  

「二人がキスをしているのを見るのはひさしぶりだなぁ」


 私はそう呟く。

 もう既に十秒ぐらいが経過していた。

 

 キスは終わらない。

 唖然として動けない祥子の背中に、仙の両手が回される。

 相手を離さないために。

 赤髪と銀髪が、今は隣同士に並んでいた。

 

「く、そ!」


 祥子は力任せに仙を突き飛ばす。

 

「はは! どうだい祥子! 驚いたかい!?」

「このバカ!? なにしてんだよ!?」

「なにって、キミの体内に毒を注ぎ込んだのさ! 勝ったと思って油断したのが悪いんだよ!」

「ああもう……!」

「たっぷりと注入してあげたから、もうすぐ体が動かなくなるよ。この勝負はボクに軍配が上がったね。このやり方は随分と久しぶりだったから、忘れてたかい?」


 ここで解説しよう。

 二人は小さい頃、キスごっこに夢中だった時期がある。

 お互いの唇を重ねる感触が、気持ちよかったらしい。

 

 二人とも笑顔で、楽しそうに、純粋にキスを楽しんでいた。

 あれを見つけたときはびっくりしたなぁ……。

 

 さすがに家族会議(当人たち、私、トウリ)が開かれ、キスごっこは終焉を迎えた。


「む? このやり方は久しぶり? キスごっこは終わっていたけど、訓練では何度かキスをしていたってことかな?」

 

 私が推論を述べていると、祥子が仰向けにぶっ倒れた。

 仙はガッツボーズ。


「どんなもんだい! ボクの勝ちだ!」


 これはあれだね。

 

 今は勝負に夢中になってるから気づかないけど、後でものすごく恥ずかしくなるパターンだね。

 これもある意味、調子にのりやすい仙らしさかもしれない。


『キスは有効……一花おぼえた!』

「あれは特殊な例だからね!?」


 次の日。


「うううううう~~~」


 仙が唸っている姿を目撃した。


「ああ、やっぱり悶絶してるね、仙……」

 


 

 

 

 

 

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