回顧4 芽吹き

「桜……いかないで、桜……! いやだ……!」


 プラントを創設して間もない頃の話だ。

 

「ああ……! ああ……!」


 私は、うなされていた。

 

 場所はとある世界の宿屋。

 当時私たちは使い勝手のいい次元間連絡路を探して、剣と魔法が主軸の世界、数ある内でのその一つを訪れていた。

 

 幾人かのメンバーで冒険し、首尾よく、熱と闇の火山に眠る『門』を手に入れることが出来た。

 その時の門が、現在グランシードの大ロビーに鎮座する空間ゲートである。

 

 冒険が終り、宿屋で軽く祝勝会を開いた。その時、私は少しお酒を飲み過ぎてしまったのかもしれない。自分の部屋に戻り、ベッドで眠り始めると、ひどい悪夢を見てしまったのだ。


「たすけて……たすけて……」


 桜が死ぬ瞬間を延々とリピートする夢だった。なんとも芸の無い悪夢である。


 だが、効果は覿面だ。桜の半身が千切れ飛ぶ時の、血の匂いすら再現してみせたのだから。

 

 私の顔は歪み、涙がこぼれる。

 苦しかった。


「……どうした? くおん」


 その声で、目が覚めた。

 

「え……?」


 ベッドの中に誰かがいる。私の前面に引っ付いている。

 目線を下にやると、そこには赤い髪があった。


「祥子……?」

「へやの外まで泣き声が聞こえてたぞ? なんかこわいことでもあったのか?」


 祥子の体の大きさは、小学校低学年ぐらい。まだ当時の彼女は将軍ではなかった。

 

 将来の幹部候補として私は、十数人の少女を育てていた。

 

 出会い方はそれぞれ多種多様。その中で祥子とは、完全に滅び切った世界にただ一本だけ残った薔薇の花を見つけたことが出会いだった。

 その薔薇に異能を力を与え、一人の少女として創造した。


「あはは……情けないところを見せちゃったね」

「? くおんのなさけないところなんて、いつも見てるぞ? 書類が見つからなくて、2時間ぐらいあたふたしてた時とか」


 将来の幹部候補生に対する実施訓練という名目で、私は祥子を含め数人を今回の冒険に連れてきていたのだ。

 とはいえ、基本的には見学。雰囲気的には修学旅行に近かった。


「……くおん、だいじょうぶかい?」


 部屋の隅に、もう一人いた。

 祥子と同じぐらいの背格好。不安げにこちらを見ている。


「ああ、センも来てたんだ」


 まだ水仙子爵と名乗る前の仙がそこにいた。

 

 仙は、とある魔王がこの世で一番美しいものを作ろうとした際に生まれた、一輪の水仙の花だった。魔王が老衰で死んだあと、プラントに運び込んだ。


「祥子、仙……ちょっと怖い夢を見ちゃっただけだよ。もう夜も遅いし、二人は部屋に戻って寝た方がいい」

「やだ!」

「……やだ」


 最初が祥子。後が仙。

 祥子はベッドの中から、仙は部屋の隅から動こうとしない。


「ええと、どうしたものか……」


 私が戸惑っていると、祥子がぎゅっと抱き着いてきた。


「わたしは将来、プラントの立派な幹部になるんだからな。どんなやつにだって負けやしない。くおんのことを守るんだ。くおんのことを泣かせるやつは、ぜったいにゆるさない!」


 真剣な表情だった。祥子はそのとき小さな女の子だったけれども。

 とっても、カッコよかった。


「ボ、ボクだって!」


 仙はそう言うと、ベッドの中に入ってきた。祥子が私の前にいるので、仙は背中側である。


「ボクだって勉強をがんばって、もっとかしこくなる。かしこくなって、プラントをもっと大きくするんだ。みんながお金に困ることなんて、ないようにしてみせる。くおんがお金のことでため息をつくことなんて、ないようにしてみせる!」


 仙もまた、ぎゅっと私を抱きしめる。

 つよく、つよく抱きしめる。


「……二人とも」

「だから安心しろよ。たよりにしていいんだぞ。センはたよりないかもしれないけど」

「な!? 祥子こそたよりないだろ!?」


 ……ありがとう。

 ほんとうに、ありがとう。

 

 私は二人といっしょにそのまま眠ることにした。

 悪夢など、見るはずもなかった。

 

 

 

  

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