第12話 私の大切な記憶

「くおん、今日は君にいじわるをしようと思う」


 カルテルに対する調査をまとめていると、トウリ博士が執務室にやってきた。

 

 皮肉気な笑みを浮かべたまま、ソファに腰を下ろす。

 さて、大魔女さまはどのようなご用向きだろうか。


「まず確認しておきたいことがある。くおん、このプラントの中でどのくらいの人数が、桜という少女について知っている?」

「……ああ、そのことか」


 それだけで、なんとなく分かった。

 トウリは私の自伝について、はっきりさせておきたいんだ。


「桜のことは、別に隠しているわけじゃないからね。聞かれたら答える、くらいのスタンスだよ。祥子や仙とかの初期からの幹部はみんな知っている。ああ、ベルは新しい方の幹部だから、桜の名前は知らないかもね。知っている子は、あまり桜について触れないかな。タブー視しているわけじゃなくて、私の中の桜の大きさを理解してくれているんだよ……これくらいのこと、トウリなら分かっていると思うけど?」


 さすがにいきなり桜という名前が出てきたら、戸惑う。

 一花と出会ったあの時なんて好い例だ。

 

 それでも、桜という存在を腫れ物扱いしたくはない。

 だから、少しずつ少しずつ、心の奥底から記憶を取り出し、みんなに開示してきたのだ。


「なるほどなるほど……では今回、君が書くことになる自伝で、プラントの大部分が桜のことを知るわけだ」

「……そうなるね」

「ずいぶんと素っ気ないじゃないか、くおん。なんとなく自伝を書いて、そしてなんとなく桜を公にするということかい?」


 トウリの皮肉気な笑みが凄みを増し、普通の人間が見れば侮蔑に満ちた

表情と受け取ること必至のものになった。

 

 もちろん、長い付き合いの私からすれば、トウリにとって遊びの範疇だと分かる。

 

 だが、僅かに真剣な意味合いも込められていると、推測できた。

 トウリにとってもまた、桜は大切な思い出なのだ。


「トウリ。私は桜を忘れたことはない。心の中の一番大切な場所が、桜なんだ。なんとなく、という言葉であなたを不快にさせてしまったことを謝るよ。ごめんなさい」

「……」

「でも、私は桜を記憶の殻に閉じ込めたくないんだ。永遠に人の目に触れない、冷たい暗闇の底に封印なんて、いやなんだよ」


 言いたいと思ったら、言う。書きたいと思ったら、書く。

 これくらいの気軽さで。

 私は桜と向き合っていきたいんだ。

 

 「……桜が神格化されるかもしれないよ? 始まりの女神だとか言われて。それはいいのかい?」

「そんなことは絶対させない」


 桜には静かに眠っていて欲しい。

 だから、桜の死は汚させない。


「……はい、いじわるはおしまい。おつかれさまでした。それを聞ければ私は満足だよ」

「気まぐれに始めた自伝だけれど、桜のことは大切に書くよ」

「びっくりするだろうね、みんな。プラントの総統が昔、エッチな雑誌に鼻息を荒くする変態だったなんて」


 それを書くかどうかは、悩み中です!

 

 

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