回顧3 大図書館

「くおんちゃん、その調子!」

「だんだん、わかって、きた……!」


 桜と初めて出会った日からしばらくして。

 私は、魔獣に蹴りを叩きこんでいた。


「よし、怯んだ! 桜、攻撃を合わせよう!」


 うなずいた桜を確認した後、二人同時に上空へ跳ぶ。

 満月の明かりが辺りを照らしている。

 

 20メートルほど跳躍すると、うずくまる、トラック大の猿が下に見えた。今がチャンスだ。

 

 だが、うまくいくだろうか?

 不安になる。


「だいじょうぶ」


 一瞬、桜の呟きが聞こえた。

 それだけで。

 力がみなぎった。


「「うおりゃあああああああああああ!!!!!」」


 同時の叫び、同時の落下。

 落下のスピードを乗せた同時の攻撃。

 拳と蹴り。

 二種類の攻撃を受け、猿の魔獣は甲高い叫び声を上げた。

 

「よし、勝った!」

 

 桜の勝利宣言と同時に、魔獣は倒れ伏した。そのまま夜の闇へと溶けるように消えていく。

 

 こういう風に、最後は消えてくれるおかげで、魔獣の死体が見つかることはない。世間に私たちの戦いがバレることもないのだ。


「……というよりも」

「どうしたのくおんちゃん?」

「なんでバレてないんだろうね、魔獣?」

「バレてないだったら、それでいいじゃん」

「いやいやいや……それじゃ駄目だよ」


 初めて出会ったあの日から、私と桜は一緒に行動するようになった。

 

 桜には最初、質問攻めを行ったが、ほとんどが無駄におわる。

 彼女は魔獣について、全然知らなかったのだ。

 

 なんとなく、魔獣の存在を感知できる。

 なんとなく、自分が魔獣と戦えると理解している。

 ある日ふと、頭の中に魔獣に関する知識が発生し、こりゃ一大事だと思い、戦いを開始したらしい。


「何もかもがふわふわしている……!」

「くおんちゃんもなんとなく戦っているんだから、同じじゃん?」


 実際そうであるのが悔しい……! 桜から『ちょっとやってみようぜ!』という軽いノリで言われて、体を動かすと、なんか20メートルぐらいのジャンプが出来てしまった。なんでだよ。


「それから徒手空拳で戦い続けている訳だけど、いくらなんでも他の人に一度も見つからないのはおかしいよ……! 魔獣が出現する場所はだいたい人がいない所だと言っても、あれだけ派手に跳んだり蹴ったりしてるんだから、絶対だれか気づくはず……!」

「なんでだろうねー」

「そもそも魔獣ってなに!? 私たちのこの力はなに!?」


 パチン。

 

「あなた達は存在が雑」

「!?」


 指をはじく音が、聞こえた瞬間。

 目の前の風景が一変した。


 意味が、分からない。

 さっきまで夜の郊外、街はずれにいたのに。


「図書館だ……くおんちゃん、図書館だよ。すごく大きいね」


 世界の果てまで本が並んでいるような、そんな錯覚を覚える。

 いや、錯覚ではないのか?

 本当に、本と本棚の世界なのか、ここは。


「いったい何が……?」


 私と桜は、とてつもなく大きな図書館にいた。

 どこに明かりがあるのが分からないが、空間全体がぼんやりと明るい。

 見渡す限りに本と本棚が並び、どこまで続いているか分からない。


「想天についてだけは、教えてあげる」

「え……!?」


 後ろにいつのまにか誰かがいた。

 

 それは、ローブ姿の少女だった。

 年は私たちと同じぐらいに見える。眼鏡をかけた顔からは何の感情も読み取ることが出来ない。


「あなた達が魔獣と戦っても、それが社会に露呈しないのは、想天という力のおかげ」

「ふむふむ」


 桜!? なんでそんなに落ち着いてるの!?


「想天というのは世界のコピー。一定区域の空間を写し取り、その空間とほぼ同じである、もう一つの空間を創造する技」

「ふむふむ、一定区域というのはどのくらい?」

「術師の自由。半径数メートルから、能力さえあれば数百キロも可能。想天の中には、基本的に異能を持った存在しか入れない。普通の人間には、知覚することさえ出来ない」

「なるほど! だからわたしとくおんちゃんが戦っても、誰にも気づかれなかった。いやそもそも、誰もいなかった! 魔獣を放り込んで、やっつけたら想天を解除していたと。あれ? 想天なんて作ったおぼえはないよ?」

「滝内桜、あなたが常に、無意識的に想天を作っていた。あなたは天才なの、厄介なことに」

「なるほど天才かー。いやー照れちゃうねー」

「ちょ、ちょっと待って!」


 いきなり現れて解説を始めた、あなたはだれ!?

 私がそんな風に言おうとしていたのを予想していたのか、ローブの少女は先んじて語り始めた。


「私はトウリ。この図書館の管理人。図書館には次元の壁を越えて、多くの知識が集まってくる」

「……私たちを、どうしてここに? あなたが呼んだみたいだけど」

「魔獣はたまにこの図書館を襲うこともある、面倒くさい害獣。その魔獣を何体か倒している人間が近くの世界にいたから、観察してみた。そうしたら、あまりにも雑に戦っているあなた達を見つけたの。これは、私の慈悲。知りたい情報があればこの図書館で調べればいい。手に入れたい知識が載っている本は、少し探せば見つかるようになっている」


 トウリと名乗った少女は、踵を返した。背を向けて私たちから離れていく。


「この図書館の静穏のために、がんばりなさい」

「……」


 言いたいことだけ言って帰るつもりか。

 私は腹立たしく思い、声を荒げようとした。


「ああああああ!!! これ小さいときに無くした絵本だああ!!!」

「桜、急になに!?」


 桜は本棚から一冊の絵本を取り出していた。

 絵本の表紙には、擬人化されたキュウリやトマト、ナスなどが描かれている。


「野菜と仲良くなろうっていう絵本なんだけど、絵がかわいくてさー。

幼稚園のときは夢中で読んだなぁ。でも、いつのまにか無くしちゃって……もう一度読みたいなってずっと思ってたの」

「もう! そんなことしてる場合……む!」


 本と本のすきまに、なにかボロボロになった雑誌が見える。

 わずか、わずかにだが、肌色がチラリ。

 

 かつての記憶がよみがえる。

 川岸での記憶がよみがえる。


「まさか……うわぁ!」

 

 小学4年生のとき、近所の土手で見つけたエッチな雑誌だぁ! え、なんで!? 

 

 あ、自分の読みたい本が手に入るっていう感じなの、この図書館!?

 

 う、うわ……女の人の裸がこんなにいっぱい。なに、これ、そんなところを見せちゃっていいの? だめ、だめだよ、でも、ああ。


「くおんちゃん、目が離せなくなってるねー」

「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 悶絶する私と、エッチな本を読み始めた桜。

 トウリの呆れた声が聞こえてくる。


「はあ……図書館の風紀は守りなさいね」

 


 


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