第10話 トウリ博士
「怪人との謁見式の時に、私『すごいなぁ』って無意識に言ってたの?」
「開口一番がそれかい?」
トウリ博士はあきれ顔を見せながら、ため息をついた。
いやだって、どうしても気になって……。
「比較的最近だとは思うよ。私が同席した中で一番古いのがドラゴンキュウリの時だったから、そうだね最近だ」
「聞いてたんだったら言ってよ!」
「別に邪魔することじゃないからね」
プラント技術部トップ、トウリ博士。
スーツ姿にローブを纏った彼女は、眼鏡を直す動作一つをとっても、知的で気品がある。
私とはプラント創設時からの、いや、桜と一緒に魔獣を狩っていたあの頃からの、付き合いである。
「そもそも自伝の話はどうなったんだい?」
「いやぁ、カルテルやら5人組やらで、忙しくなって。ちっとも進んでないよ」
「計画性がないね」
「うるさいなー。一花と初めて会った日に、バベルの枝が折れたじゃない? その時に不具合が発生したらしくて、ベル曰く『データの取り出しはしばらく待ってねー』だってさ。まあ、自分の記憶を頼りに書けるところから書いていくよ、のんびりとね」
長年の付き合いだけあって、雑談もなんだか気のぬけたものだ。
「『すごいなぁ』なんて、初めて出会ったころの癖そのものじゃないか。くおんはいつも、そんなことを口走っていたような気がするんだが」
「……私って、桜といたときはクール系のキャラじゃなかった?」
「逆にそんな認識だったことにびっくりだよ」
「ぐぬぬ」
「まあ、でもね」
トウリはつかつかと、私の机に近づく。
そしてそのまま机に腰掛けた。
彼女はだいぶ長身なので、ずいぶんと見上げる格好になる。
「それだけ過去が君の中に残っているということだよ。人間だったころの性質が、今も存在している。素晴らしいじゃないか。異能を手に入れた者は力を増せば増すほど、人間から遠ざかっていく」
トウリはククク、と魔女らしく笑った。
彼女の専門は、世界錬成魔術である。
「覚えているかい? プラントの立ち上げ頃に、イキって私たちを襲った能力者のことを。昆虫を自由自在に操る、あいつだよ。『お前らなんか蟲のエサだ葉っぱ野郎ども』……ククク。あの時の私たちでも割と楽に追い返せたよね」
「あいつ、見つかったの?」
「ついこの前ね。惑星大の芋虫になって、単一宇宙をさまよっていた。マルチバースを渡る力は持てなかったんだろうね。ぶもーぶもー、って鳴くだけで、人格は完全に無くなっていたよ」
「ふーん」
「これはちょっと極端な例だけど、力は心を消し去っていくものだ。万能の果てにかつてあった精神を無くした奴なんて、この業界にはごまんといる。そいつらと比べたら……君は幸運だよ、くおん」
トウリはずいっと顔を寄せてきた。
息がかかるくらいの近さ。
「君は桜のことだって忘れていない。それはきっと貴いことなんだよ」
「……ありがとう。でも、雑談はここまでにしよう」
私はトウリを押しのけると、机にあった書類を手に取る。
「18世界の経過報告をお願い」
「ふふ、まあいいさ。あの世界に根付いた異能者は11人。現在異星人と交戦中だ」
「異星人襲来の予測が的中したね。戦闘能力を高めに設定したから、この先も拮抗できると思う」
「プラントのこれ以上の介入は?」
「余裕があれば、もう少しだけ」
やれやれ、トウリにはからかい癖がある。困ったものだ。
でも、優しいところもあるんだよね。
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