第8話 重要案件

 水仙子爵による、グランシードの解説が一通り終わり、一花は戦闘員寮に戻った。

 

 お迎えには寮長の田中さんが来てくれた。

 田中さんはプランター戦闘員の年配で、戦闘の一線から退いた後、プラント本部の総務仕事を頑張ってくれている。


「総統、一花の奴なにか失礼なことはしませんでしたか? こいつ昨日もご飯をこぼしてましたし、廊下は走り回りますし」


 たとえ歯車頭でも、田中さんがため息をついたことはよく分かる。


「苦労をかけるね、ありがとう。大丈夫。今日は水仙子爵が面白い授業をしてくれたから、一花もしっかりと話を聞いていたよ」

「えっへん」


 センが胸を張る。


『また今度ね、総統! 仙!』

「…………ああ、そうだ。総統、ちょっといいかい?」


 一花と田中さんが退室した後、仙が少し改まった態度でそう言った。


「どうしたの?」

「一つ経営部門から連絡したいことがある」


 仙はポケットからデバイスを取り出すと、画面に目を通し始めた。

 

「カルテルのこと?」

「カルテルについてはまださっぱり。諸世界のお金の流れをこれから調べてみる。何かあったらすぐ報告するよ。いまは、それより……」


 水仙子爵は、一拍置いた後、話し始める。


「900世界について。担当支部の予算請求に疑問を持って、監査を送り込んだ。そしたら、900世界の人類が『侵攻体』への移行を開始していたことが判明した。担当支部はどうにか自分たちの力だけで解決しようと思っていたんだろうね。本部の判断を恐れていたから」

「ああ、そうか。私に言わなかったということは……それだけ『処置』に近づいているということか」


 侵攻体とは、次元の壁を越えて他の世界を襲う侵略者である。

 

 彼らは明確な人格を持たず、ただ他の場所を攻撃することだけを志向する。話し合いは、ほぼ不可能。濁流の如く、多くの世界を踏みにじり続ける。

 

 形態は多種多様だ。黒い粘着質の塊もあれば、水晶の美しい輝きを放つ種族もいる。

 

 誕生の仕方も様々で、時に人類がまるごと侵攻体へと変化してしまうこともある。

 

 私は、執務室の天井を眺めた。

 そして、静かに言葉を紡ぐ。


「900世界にはもともと異能はなかった。魔力素だってゼロだったし、自然発生の怪人もいなかった。だけど……起きる時は起きてしまう、か」

「総統、『処置』に関する予算案をスタートさせるかい?」

「開始して。ただ、処置に関する委員会は発足する。最終的な判断はそこで決めるよ。でも……時間はあまりないだろうね」


 900世界の人類が侵攻体になれば、隣接界は破滅的な損害を受ける。

 だから、そうなる前に。

 決めなくてはいけないだろう。

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