回顧2 始まりの日

 それは花びらが舞うようだった。

 ひらり、ひらりと。

 彼女は怪物の攻撃を、何の苦も無く避けていく。

 

「そらよっと! 魔獣さん! 腕を振り回しているだけじゃ捕まえられないよ!」


 私の通う高校の制服。入学式のあった日に自己紹介で聞いた声。満面の笑み。


「桜、さん?」


 コンクリートの地面にへたりこんでいる私の目の前で、高さ5メートルはあろうかという熊のような怪物と戦う少女。

 間違いなく、クラスメートの滝内桜だった。


「逃げて! 朝森さん!」


 桜の言葉に対し、私は一言、こうつぶやいた。


「……きれい」


 高校に入学してから2週間。その間、私にとって桜という少女は、本当に普通の女の子のように見えた。

 普通に何人か友達がいて、普通に勉強して、普通に学園生活を送る。

 

 少なくとも、中学時代の友達がみんな別の学校にいってしまい、一人ぽつんと教室の片隅にいた私と比べると、はるかに真っ当な高校生女子だっただろう。

 

 ただ、一つ印象的だったのが。

 友達とのおしゃべり、お弁当がおいしい、青空がとても綺麗など、なんでもないことに向ける表情が、


「ほんとうに、桜が咲いたみたいだな」

 

 なんて、そんな思いを抱かせる笑顔だったことだろうか。


「よし! 魔獣さん隙ありだよ!」


 学校での用事に手間取り、帰るのが少し遅くなってしまった日。

 家路を急ぐ私は、ショートカットのために、いつもは通らない道を選んだ。

 

 人通りの少ない道とはいえ、いきなり怪物に襲われるだなんて予想がつかない。

 この世界の熊と出会ったとしても確かに危険だろうが、全身に角を生やし、目が紫色に光る生物に襲われるのはもっと危険だろう。


「一発で決める!」


 だが桜は一切の恐れもなく、怪物の頭頂に立った。

 そのまま、脳天に、その拳を叩きこむ。


「おりゃああああああああああああああ!!!」

 

 桜の快活な叫びと、なにかが潰れる鈍い音。

 数秒後。

 怪物は唸り声ひとつあげることなく、その場に倒れ伏した。


「ふー、今日も快勝! ああ、でも。初めて人に見られちゃったな……朝森さん大丈夫?」


 桜がとことこ歩きながら、こちらに近づいてくる。

 私は最初から最後まで、へたりこんだまま。

 じっと、桜の姿を見続けている。

 目立つことのない、普通の容姿だ。それなのに。どうして。

 

「朝森さん?」

「桜さん!」


 私は桜にとびかかった。


「えええ!?」

「すごくきれいだった! かっこよかった! 踊るように空中を舞ってて、奇跡みたいだった! あんなにかっこいいものを見るの生まれてはじめて! すごいすごいすごい! とにかくすごい!」

 

 あの怪物は何なのかとか、いろいろ聞くことはあっただろうに。私はひたすら桜をほめたたえていた。


「お、おちついて朝森さん!」

「すごい! すごい! すごい!」


 当時私は自分のことをクール系だと思っていたのだが。

 ……今になって思うと、最初からそのイメージは崩壊していたのだった。


 

 

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