第3話 桜印の戦闘員

「プラ~~~~~! プラ~~~~~!」

「…………うん?」


 中央コンピューターバベルは、大樹と機械がミックスされた姿をしている。

 高さ100メートルほどの巨木に、メーターとスイッチの群れが、色とりどりの光を発しながら埋め込まれているのだ。

 

「えっと、ベル。あの子は?」

「あれー? あの子いつのまに」

 

 大樹の半ばほどから生えている枝。そこに、一人の戦闘員が乗っかっていた。

 その枝の高さは50メートルほどだろうか。

 

 戦闘員は、私とベルがバベルのある場所にやってきた時からずっと、なんだかプルプルと震えている。


「あれは……降りられなくなっているのかな?」


 私がそう口にする横で、ベルは首を傾げた。

 

「この部屋では、しばらくプランター達を使った作業は無かったはずなんだけど……いつの間に入ってきたんだろうね」


 プランターとは、プラントの保有する戦闘員たちの名称だ。

 

 マルチバースに存在する秘密結社たちの多くは、使い勝手のいい兵士として戦闘員という存在を保持している。怪人のような複雑性のある改造は行わず、簡易性でもって数を揃える方針がとられている。

 

 プラントにおいてもそれは同じで、プランターは普通の人間より数倍程度の力しか持たず、銃弾にもそれほど耐えられない。

 全員、頭部が歯車になっており、そこに蔦が絡みついている。

 

「あ、折れる」


 ベルの言葉に「なにが」という問いを発する暇もなく、


「プラ~~~~!!!」


 プランターが乗っていた枝は、一気に容赦なく、折れた。

 枝とプランターは落下を始める。


「今行くよ!」

 

 私は即座に走り出した。落下地点を瞬時に推測する。

 大丈夫、ここだ。

 落下地点の真下に到着。

 ばっ、と前に手を広げた。


「プラァ!」


 果たして、プランターは私の腕の上に落ちてきた。


「おみごと、くおんちゃん!」


 助かってよかった。

 このプランターは、体格からして女性タイプだろうか?

 私はゆっくりと彼女を地面に置いた。


「無理に立ち上がらなくていいよ。危なかったね。でも無事でよかった」

「プラ……プラプラプラプラプラ!」

「わわ!」

 

 彼女は思いっきり私に抱き着いてきた。全力で抱き着いてきた。

 確かにあれだけ怖い目にあったのだから、仕方ない。

 あれ、でも。


「もしかして……平均語が喋れないの?」

「プラ?」


 プランターは基本語として「プラ!」と喋る。これは圧縮言語となっており、簡単な意思疎通であるならば、これのみで十分だ。

 

 だが、コミュニケーションというのは複雑で、「プラ!」だけでは通用しないことが多々ある。

 だからプランターの製造時、人間が一般的に使う言語もインプットしておくのだ。


「言葉のインプットがうまくいっていない子なんだねー。色々と不具合が多いのかな。小さい子供とおんなじっていう風にイメージしたらいいかも」


 こちらまで歩いてきたベルがそう語りながら、私の腕の中にいるプランターの頭を撫でた。


「プラ?」

「うん、この子……?」


 ベルが何かに気が付いたようだ。


「頭の下の方に、桜の花みたいな模様があるね。ねえ、くおんちゃん。この子のことをさくらちゃんって呼ばない? もし、名前がまだ付いてなかったらさ」

「えっ……」

「問題があるプランターはだいたい製造後すぐに修正されるから、この子は性能チェック前に逃げちゃった子なのかなーと思って。それだったら、まだ名前は付いてないよね?」


 確かに、歯車と胴体の境目あたりをみると、小さな模様があった。

 桜の花に、見えないことも、ない。

 ……桜。

 桜という、名前。


「あ、うん、いいね。すごくいい。いいけれども……ちょっと安直じゃないかな? そのまますぎるっていうか、うん。もう一捻りほしいかなー、なんて」


 我ながらしどろもどろになってしまう。

 

「えー、そうかな?」

「そうだな……いちか、一花なんてどう?」

「プラ……?」


 プランターは自分で自分を指さした。『それはわたしのこと?』だ。

 プランター達には口も鼻も目も無い。

 けれどジェスチャーが大きいから、感情は読み取りやすい。

 

 いま、私の目の前にいるこの子は、どうやら喜んでくれているように見える。


「よろしくね、一花!」

「プラ! プラ! プラ!」


 ……みっともないのは分かっている。

 桜という言葉一つで、ここまで取り乱してしまうなんて。

 なんて、情けない。

 しかし、それでも。

 

 『桜』という名前は、私の心の中核に存在し続けている。

 私がその名前を忘れることは絶対にない。

 私にとって決して手放してはいけない、大切な名前。それが『桜』だ。

 

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