第2話 自伝を書こう
「ねえ、本当になんとなくで自伝を書こうと思ったの? 総統の……くおんちゃんの陰謀があったりしない?」
「それが本当に無いんだよね。急な話でごめん。自伝は、大した文章量にはならないと思う。夏休みの読書感想文に課題として選ばれてもいいくらいの長さじゃないかな?」
「戦闘員のみんなに宿題として出してみる?」
今、私はバベルツリーと一緒に、中央コンピューターバベルのある場所へと向かっている。自伝の資料を得るためだ。
バベルが位置しているのは、プラント本部が置かれている海底要塞『グランシード』のほぼ中心である。
グランシードは半径2キロ、高さが平均500メートルあるから、歩き回るにはなかなかの広さだ。
幸い、総統執務室からはそこまで距離は離れていない。ウォーキングには手頃である。
「ウォーキングには手頃である、と」
「いきなりどした?」
「ああうん、自伝にはプラントのことをいろいろ書くことになるよね? この基地のことも簡単にまとめないといけないな、と思って」
「おうおうおう、そもそも誰を対象にした自伝なのさー。世界的なベストセラーをめざすの?」
「いやまあ、うちは一応秘密結社でありまして。とりあえず各支部の図書室にでも置いてもらおうかな」
雑談をしながら歩みを進めた。バベルツリー、ベルが私の先を歩いている。
ベルの服装は胸元と背中が大きく開いたセクシーなドレス。彼女のお気に入りの格好だ(とてもステキだ。翻って、私はいつもパンツスタイルのスーツ姿。もう少し服装のバリエーションを増やすべきか?)
中央コンピューターであるバベルがその情報量のために意思を持ち、私達はコミュニケーションの必要に迫られた。そこで生み出されたのがベル、バベルツリーだ。
与えられた肉の体は、20歳ぐらいの女の子。豪奢な金髪に切れ長な目。けれど単なる美女ではなく、その刹那に移り変わっていく表情によって、とにかく多彩な印象を周りに与え続けてくれる。
「人類情報の精査にあてる時間を割いて、総統のきまぐれに付き合っているんだから、感謝してよねー」
「……エッチな画像を見ている時間じゃないよね?」
「それぞれの世界における、おっぱいの成長曲線の比較は、多くの時間を費やすに値すると思うんだよね」
「……何事もほどほどにね」
相変わらずのベルに苦笑いをしていると、通路の前から数人が、こちらへ歩いてくるのが見えた。
「あ、総統お疲れ様です」
「スケベなベルさんもちーす!」
「今日もベルさんエロいですね」
瑞々しい胡瓜の肌を持った竜。赤地に黒い斜線が走るトマト頭。人間大のナスの体に鋼鉄製の手足がくっついた異形。
ドラゴンキュウリ。Xトマト。ナスボーグ。
我がプラントの誇る、怪人たちだ。
「あのね、みんな。エロスというのは大切に扱わないといけないの。無暗矢鱈に口にすると、黄金たる価値が剥がれ落ちていってしまうの……分かるね?」
「「「お、おう……」」」
プラントは人間を改造する技術を持っている。
この改造技術こそ、ある意味では、プラントの根幹と言っていいのかもしれない。
人間を人間ではないものにする。
人間を強化する。
それによって、滅びに抵抗する。
世界は滅びで一杯だ。ならば我々は、強くならなければいけないだろう。
「ははは……みんなもお疲れ様」
手を振って怪人たちと別れる。
気がつけばバベルのある場所まであと少しだった。
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