第1話 私の日常
「私たちは塔をつくる。決して朽ちぬ塔をつくる」
ふと、私の組織、プラントの標語が口に出た。
総統執務室で一人きり、午前中の仕事をあらかた終えて、手持ち無沙汰の時間を過ごしている。そのために少し気が緩んでしまったのだろうか?
「だめだな。しゃきっとしないと」
私は、秘密結社プラントの総統なのだから。
執務室を見回す。
小学校の校長室のような雰囲気を持った部屋だが、その実、ありとあらゆる恐怖が詰め込まれているのだ。
資料棚のファイルの中には、数億人を抹殺できるウイルスの製造法、環太平洋造山帯の火山を一度に噴火させる計画案、10km級隕石作戦に関するシミュレーションなどが入っている。
なにより、私の引き出しの中には、核ミサイルの発射ボタンがある。
我々の技術を結集して作り上げたミサイルだ。迎撃は不可能。ミサイルは均等に世界へ降り注ぎ、塵一つ残さず地球を焼き尽くす。
人類の死は、我らの思うがままなのだ。
「このバカどもがぁぁぁぁぁ!!! こっちに来いぃぃぃぃ!!!」
「……」
執務室の外から怒号が聞こえる。だんだんこの部屋に近づいてくる。
ああ、今日もみんな元気だなぁ。思わず苦笑してしまう。
「総統! またバカの二人がやりやがった! バベルツリーと水仙子爵だ! おら、二人とも早く執務室に入れ!」
「いたいいたい! 耳を引っ張るのはまだ性癖を開拓してないから!」
「頬をつねらないでくれ! ボクの顔を傷つけたら承知しないぞ!」
プラント本部に所属する幹部の内の三人、三人の女の子、が賑やかに部屋へと入ってきた。
「どうしたの? バベルツリーと水仙子爵がどうしたって?」
この二人が騒動を起こすことはいつものこと。さて、今回は何かな?
「水仙子爵は投資の失敗! 公開されたばっかりの仮想通貨に1億ドル突っ込んで次の日に暴落! バベルツリーは……ああもう! 中央サーバにまた山盛りのエロフォルダだ!」
烈火のごとく怒り、鮮やかな赤髪を振り回している、現代的な軍服を着た彼女はバラ将軍。他の二人を部屋に引っ張って来た子だ。プラントの軍務担当者の一人で、戦略戦術の両方に精通している。根が真面目だからか、みんなの突っ込み役になることが多い。
「い、いや多少のリスクは当たり前が投資というものなんだ。わかるねバラ将軍? 挑戦がないところに利益は生まれない。ボクはありとあるゆる物事に前のめりでいたいんだ……」
「前のめりになった瞬間に即死してるじゃねーかお前は!!!!」
冷や汗を掻きながら1億ドル損失の弁明をしている彼女は水仙子爵。プラント経営部門の一人。近世ヨーロッパ風の貴族服を着ているけれども、実際には爵位などない。金策の能力はとても高い。いつも助かっている。けれど、たまにやらかすのが玉にキズ。
「インターネットに存在する情報のなんと儚いことか! サービスの停止であっという間に消えちゃうんだよ!? だから『バベル』に一つ残らず保存しなくちゃ!」
「今回の収集が全部、女の裸だった理由を聞いてるんだよ!!!!」
「髪も赤いし、顔も赤くなったね! スケベは人類の宝だよ!!!!」
……とてもエッチな彼女が、バベルツリーだ。プラントの中央統括コンピューター『バベル』の人格インターフェイス。意思を持っている『バベル』がこちらとコミュニケーションをとる際に使用する肉体だ。
『バベル』は、プラントにとって重要な意味を持つ。
「う、うーん、1億ドルについては、まあ後で考えることにして」
私は喋り始めた。1億ドルも、プラントにとってはそこまで大変なお金じゃない。
「エッチなのばかりは困るけれども、これも確かに人類の情報だよ。記録を残すことは、人類を残すこと。私達プラントにとって、一番大切なことだ。わかるね、
「そりゃあ、そうだけど総統……」
「でもあんまり暴走しちゃだめだよ、ベル」
「はーい、反省しまーす」
「水仙子爵は、後できっちり怒ります」
「ボクだけニックネームなし!?
バラ将軍は祥子(薔薇の薔はショウとも読めるところから)。
バベルツリーはベル。
水仙子爵は仙、とニックネームで呼ぶこともある。
さて。
さっきはプラントが持つ世界を滅ぼす力について語った。
でも、プラントにとって重要なのは力ではなく、目的。
世界を滅ぼすのではなく、存続させる。
あまりにも脆い世界という存在を、ほんの一欠けらでも残存させる。
たとえ、無理やりにでも。
「ああ、そうだ。みんなちょっといいかな」
幹部が複数人そろっている今のうちに言っておこう。
たいしたことじゃない。わざわざ会議を開かなくてもいい、個人的な事柄だ。
「自伝を書こうと思うんだ」
「自伝? 総統のか? またどうして急に?」
祥子が首をかしげる。
「気まぐれ、かな。私がプラントをつくってから長いでしょ。だからここで一つ振り返りってのをしてもいいんじゃないか。なんとなくそう思ったんだよ」
本当にたいして理由などない。自分を省みたいと思ったわけでもない。ただ、これといって趣味をもたない私にとって、よい暇つぶしになるかなと思ったのだ。
「だから、ベル。後でバベルに行かせてもらうよ。組織のデータベースにアクセスして、自伝の参考にしようと思う」
「いきなり自伝とはびっくらこいただよー。了解!」
自伝の冒頭はこうだろうか?
私はプラントの総統。
人間としての名前は、朝森くおん。
滝内桜に出会うまで、私はどこにでもいる一人の女の子だった。
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