夏祭り、花火と亡霊
ALT・オイラにソース・Aksya
夏祭り、花火と亡霊
アルゼンチン生まれの宇宙人、オにソースはとある小さな田舎町に住んでいる。そこに巣を構えてもう何年にもなる。その田舎町は田舎ながら活気があり、駅で都会まで簡単に行けるほど交通も発達している。一方、人の手の入っていない山や広大な田んぼ、哀愁漂う木造の小学校なんかもある。オにソースはそういった点を気に入り、この田舎町を根城にしているのだ。
7月某日。その田舎町で夏祭りが開催される。毎年恒例の夏祭りで、結構わりと人が来る。というのも、その夏祭りでは花火があがるのだ。そりゃあ規模はどうしたって都会の豪勢な祭りに比べれば落ちるが、オにソースはこういった『田舎町の夏祭り』が醸し出す雰囲気が非常に好きなのだ。きっと同じように思う人も多いに違いない。なによりその田舎町は一応それなりに歴史があるらしく(住民のほとんどは全くの無関心だろうが)そういった点もオにソースのイチオシポイントなのだ。
17時。まだ明るい時刻。オにソースはその祭りの会場へと向かった。その地域には何年も住んでいるため、土地勘はあった。元々オにソースは宇宙人であるため、記憶力は良かった。そのため迷うことなく夏祭りの会場へと向かうことができた。しかし道中、オにソースは見慣れた町並みに違和感を覚えた。駅前に見知らぬ空き地があったのだ。いやはや、土地が突然生えてくるわけがないのだから、その空き地にはかつて何かが建っていたはずである。しかし具体的に何が建っていたのかは思い出せない。オにソースはもやもやを抱えたまま夏祭りの会場へと急いだ。
17時10分。いくつかの路地を抜け、小さな神社の脇道を通ると、屋台が見えてきた。焼きそば、チョコバナナ、フライドポテト。オにソースは食べ物に一切の関心を示すことなく、出店の森を駆け抜けた。道を行く人々は皆、誰かと話していたり一緒に何かを食べていたりと楽しそうである。オにソースはひとりである。しかしこれは決して寂しいことではないのだ。オにソースは人間が好きだ。だから楽しそうにしている人間を見るのも好きなのだ。オにソースは食べ物よりも露店よりも、祭りを楽しむ人間を見に来ているのだ。
17時30分。とはいえ腹は空く。オにソースは飲み物とケバブサンドを購入。食す。田舎町なので店の数はそんなにない。ちょっとゆっくり歩いたとて、ものの数十分で回り終わる。といっても去年よりは店の数が多かった。この調子で来年にはもっと規模を拡張してほしいものだ。しかし時間は有り余っている。花火は20時から20時30分までにあがるのだ。それまで時間を潰さねばならぬ。オにソースは辺りをフラフラ歩くことにした。
18時。オにソースは日陰で休む老婆に声をかけられた。歳は70くらいで、背の低い老婆だった。体は痩せ、目は窪み、皮膚はシワとシミに埋め尽くされている。彼女はオにソースが近くを通るや否や、持っていたうちわで足をペシリと叩いたのである。
「あんた、去年も来とったやろ。」
オにソースはこの老婆を見たことがあった。といってもスーパーで3回程度だが。 田舎町においてこういった老婆は珍しくないが、別に多いわけでもない。
「この町住んで長いんか。」
「えぇ、まぁ。」
オにソースは気の抜けた返事をした。というのも彼は宇宙人。それを悟られてはいけない。そのため不審な行動は避けなくてはならないのだ。会話の内容にも細心の注意を払っている。
「○○高校、明日試合なんだってよ。」
○○高校というのはこの田舎町にある高校の名前だ。オにソースは老婆の言葉から推理した。まず夏の時期に試合があるということはスポーツの部活であろう。そしてこういった場合、大抵野球と相場が決まっている。つまりこの老婆は野球の話をしているのだ。
「△△高校に勝って、準々決勝なんだ。」
△△高校は名前しか聞いたことのない高校だ。一応、なんか野球が強いって話も聞いたことがある。つまりそういうことだろう。しかしオにソースは知っている。○○高校は決して野球の強い高校ではない。たまたま今年の世代は強かったのだろうか。
「そうなんですか。野球、興味あるんですか?」
「ねぇよ。」
ないんかい!
「でもなぁ、歳ィ食うとできることも限られてきてな。こういう娯楽しか残らんのよ。」
それは悲しいことだ。オにソースは知っている。全ての人間は老い死ぬ。それは宇宙人である自らも例外ではない。そして老いというのは人の全てを少しずつ削り取る。記憶、知識、技術。積み重ねてきたもの、忘れてはいけないもの、やりたいと思ったこと。そういったものを奪って消してしまうのだ。オにソースが真に憎むものは死であるが、老いもまた憎むべきものであると考えている。オにソースには敵が多い。
「変わっちまうのさ。俺もあんたもこの町も。ほら、駅前にあったホテル、潰れたろ。どんどん風化しちまってるんだよ。」
思い出した。駅前にあったあの空き地。あそこにはホテルがあったのだ。わりと大きなホテルだった。だがあのホテルに人が入っているところを、オにソースは見たことがなかった。
「田舎にホテル建てても誰も来やしないのさ。」
駅近でもこの町はかなりの田舎町。観光客なんて見たこともない。そんなところに建てたホテルなんて、すぐに経営難になってしまうだろう。事実そうなって、ホテルは潰れてしまったというわけか。
「それによ、あのホテルって幽霊が出てたらしいぜ。」
「幽霊?」
「昔殺人事件があったんだとさ。」
老婆は話してくれた。曰く、夫婦とその子供がいた。母親は働き者で、父親は怠け者だった。家の金を使って遊び歩き酒を飲む父親を見かねた子供が、その父親を殺害したのだとか。
「そんな事件があったなんて知りませんでした。」
「さよう。もう十数年も前の話だ。」
実はこの田舎町にはそういった厄ネタみたいなのが多い。山姥の出る井戸、高校の存在しない屋上、駅に出る雨の霊。話し出せばキリがない。そしてそれらの中にまた新しく仲間が加わった。ホテルに出る亡霊。また冗談みたいな話だが、オにソースは俄然興味が湧いた。というのも、近々長編のホラー小説を書こうと思っていたのだ。やはりホラー小説を書くには霊の存在が必須。これは良いネタになりそうだ、とオにソースは息巻いた。
「今もその霊は出るんですかね。」
「さぁね。出るかもしれんし出んかもしれん。第一、その幽霊を見たって人も多いわけじゃない。ひょっとしたらただの噂の可能性も……。」
老婆が言い終わる前に、オにソースはその場を発っていた。オにソースは宇宙人である。しかしただの宇宙人ではない。鷹型宇宙人である。普段は地球人そっくりの姿をしているが、その気になれば鷹型へとメタモルフォーゼし、空に羽ばたくことができる。まばたきの合間に人の視界から姿を消し、件のホテル跡地に急行することも可能なのだ。
19時。老婆とは大して話していたわけでもないが、ホテル跡地へと着いた頃にはそんな時間になっていた。ホテル跡地とは言ってもただ広いだけの空き地。建物の面影はなく、ただ地面が広がっているだけだった。
「誰かいませんか。」
オにソースの声は辺りに虚しく響いた。通行人がギョッとした目で彼を見る。端から見れば奇人である。が、オにソースはやめない。
「いたら返事をしてください。」
薄暗くなってきた夏の夕暮れに、彼はただひたすら空き地で喋っていた。幽霊が出るとはいうが、ホテルが取り壊された場合幽霊はどこに行くのだろうか。
例えばホテルの4階で幽霊が出たとする。そのホテルを取り壊した時、果たしてそのホテル跡地に幽霊は出るのか。出るとしたら幽霊は本来4階に住んでいたはずなのに、ショベルカーに部屋や床をぶち壊されて地面まで落っこちてきたということなのか。だとしたら滑稽である。幽霊の怖いところは得体のしれなさであるのに、もしそうだとしたらその感じは減少してしまう。まぁ、要は出ても出なくてもあんまり怖くない。
そうこうしているうちに時間は経過し、20時に回ろうとしていた。辺りは既に暗く、人々も祭りの方へ行ってしまい人通りは少ない。オにソースは1時間もの間、ホテル跡地に居座っていたが、亡霊らしきものはチラリとも見えなかった。
不意に、体に響くような音がした。空からだ。見上げると、そこには花火が咲いていた。しまった。もう花火の時間になってしまったのだ。オにソースはその場から離れ、もっと近くで見ようと思った。しかし次の瞬間、オにソースは花火で照らされたホテル跡地に、人影を見た。
花火の光はほんの一瞬であり、人影もほんの一瞬だけ見えた。だが確実に見間違いではなかった。オにソースはその人影に近づいた。
間髪容れず次の花火があがった。その明かりでようやく、オにソースはその人影の全貌を目視できた。その人影は男性的な体つきをした半透明のモヤのようであった。しかし実体を伴ってそこに存在しているようでもあった。オにソースはこれまで亡霊というものは見たことがなかったが、それは確かにひと目見て亡霊だと分かった。
「どうもこんばんは。」
再び花火が辺りを照らす。オにソースは亡霊に話しかけた。こんな経験そうそうできるものではない。今後の参考にしようかと思ったのだ。もちろん、亡霊が襲ってきても対処する算段はあった。オにソースは占いやオカルティックな魔術、呪いの類いにも精通している。もちろん素人に毛が生えた程度のものだが。
亡霊はオにソースの言葉に微塵も反応しなかった。ただその場で何もせずずっと佇んでいるだけである。その状態が1分ほど続いた後、また花火があがり、彼らの横顔に光を落とした。
「花火、綺麗ですよ。一緒に見ませんか?」
亡霊は答えない。だがオにソースとしても引くわけにはいかない。何がなんでも会話を引き出したかった。
「花火って、連続してあがると前の花火の煙が照らされて見えることがあるんですよ。それがクモの巣みたいで、なんだか面白いと思いませんか?」
ドンドンドンと花火が続けざまに咲いた。見えにくいが、煙がモクモクと昇っている。それが花火に一瞬だけ照され、露になるのだ。
「花火って一瞬で消えちゃいますけど、煙は案外残るんですよ。だから煙って花火の亡霊みたいなものじゃないですか。」
花火には様々な種類がある。大きく咲くもの、小さく咲くもの。流星群のように流れ落ちて咲くもの、パチパチと弾け広がり咲くもの。他にもたくさんある。数えきれない。だが、その後に残る煙は大抵同じような感じだ。これは人間にも言える。生きているうちは多種多様な生き方ができる。しかしその後は? 幽霊なんてどこの国でもほとんど同じだ。規格化されているのだろうか。花火の後の煙のように、人は死ねば同じような存在になってしまうのだろうか。
「でも人って、花火みたいに単純じゃないんですよね。」
生まれた人が皆、何かしらの形で咲けるわけではない。だから死んだ後も、人それぞれで良いじゃないか。不平等に生んだなら、不平等に死なせてくれても良いはずだ。オにソースはそう思っている。だからオにソースは非常に理的科学的な考え方を好む一方で、幽霊やオカルト話を信じてもいる。信じていたいと願っている、と言った方が正しい。
「オイラは知りたいんですよ。あなたのことを。せっかくの夏祭りなんですから、ちょっとくらい話してくれても良いと思いません?」
花火大会も終盤に入り、ドンドン大きな花火があがっていく。田舎町ということもあり建物が低いため、ちょっと離れていても花火が見える。しかし全ての花火が見えるわけではない。一際大きく、上にあがった花火だけが見えるのだ。下の方で小さく咲く花火は見えない。だが、そういった花火も職人さんが丹精込めて作ったことに違いはない。
「どうしようもないクズでも、許されると思うか?」
確かにそう聞こえた。花火の音でかき消されそうな細い、ガラガラとした声だった。オにソースは時計を確認しながら迷うことなく答えた。
「当然です。一度失敗しただけで許されない社会なんてあってはならない。人はそう完璧には作られていないんですから。」
人は花火のように単純じゃない。どれだけ思いを込めようと、花火のように計算された完璧な咲き方ができるわけじゃない。だから許されるべきだ。完璧でないことを。劣っていることを。優れていないことを。過つことを。不平等に生まれたことを。不平等に生んだことを。
「そうか。」
ヒューという独特な空気を裂く音と共に、今日一番の花火が夜空に咲いた。時刻は20時30分。花火の余韻が消え、空に夜闇が戻った頃、ホテル跡地には誰もいなかった。
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