第3話 使命を果たせない妖精は
それからどのくらいの時が経っただろうか。ありがちな表現だが、長い長い時間にも感じられたし、ほんの一瞬のようにも感じた。
彼は口を開いた。
「妖精は自分が妖精であるということを明かしてはならない。そういう禁忌があるのだ」
正体を明かしてはいけないなんて、よく聞く話だな。おとぎ話にありがちな気がする。
「私の前に現れた妖精は、たいそう寂しがり屋だったようでな。私の才能の種が花開かないと気がついた瞬間、とても悲しんだ」
才能を開花しなかった人間には自身の存在を忘れられてしまう。寂しがり屋の妖精そのことが悲しかったのだろう。
「だから禁忌を犯し、自らの正体を明かした。私が妖精について知っているのはこういう経緯があったからだ」
なるほど、彼が妖精についての記憶を保持している理由がわかった。
それにしても、禁忌というからには妖精側に何か代償があるのだろうか。
「先程、私は普通は妖精と再会できないと言ったろう?」
「⋯⋯例外があるということでしょうか?」
「嗚呼、相手が妖精だから再会できない」
──つまり、妖精が妖精でなくなってしまえば良いのだ。
と彼はそう言った。俺は頭が混乱して、言葉の意味をいまいち理解出来ないでいた。
「禁忌を犯した妖精は、使命を果たせなくなる」
「そう、なんですか」
使命を果たせないからなんだというのだろう。先程の発言から察するに、使命自体は特段重要なものには思えないが。
「使命を果たせない妖精は妖精でいられなくなる」
妖精が妖精でなくなる。この言葉が指し示す重みは、俺には計り知れない。
「妖精はやがて自分の自我を無くし、堕ちてゆく」
自我を無くす?闇堕ちバーサーカーのようになるということだろうか。
「半世紀かけてゆっくりと魂が作り変えられ、やがて人間となる」
これは、あれなのか?妖精にとっては人間は下位の存在なのだろうか。そうでないと『堕ちる』という表現も使わないだろう。
「こうして人間になった元妖精と私は再会したのだ。もっとも、元妖精側は妖精時代の記憶が無いからの。一方的な再会だ」
そうか、この人は再会できたのか。
俺の妹は正体を明かさなかった。だから禁忌も犯してないし人間になることは無いだろう。じゃあ俺はもう、妹に会えないのか。
「最後に一つ、質問をしても良いですか?」
「何だい?」
「あなたが元妖精と再会したのはいつなんでしょう?」
「つい最近、というかつい先程か。だいたい六十年ぶりの再会だったが、人間になってならはまだ十数年。見た目は当時と同じだったから、つい目を丸くしてしまったよ」
妖精時代と同じような見た目の人間にはなるのか。ならば、今後俺の妹が禁忌を犯した場合、俺でも見つけられるかもしれない。
「今日は、ありがとうございました」
「こちらこそ、久しぶりに楽しく話せて嬉しかったよ」
俺が立ち去ろうとすると、彼はまた口を開いてこう言った。
「君さえ良ければ、また話しに来てくれないかい?」
「⋯⋯はい⋯⋯!」
今度こそ俺は、彼の家から立ち去った。
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